かるた展望「第19号」目次

1990年9月15日印刷
1990年9月20日発行


(個人的コメント)
 巻頭言、今回は湯島天神宮司。ここのところ、かるた会の会場となる神社の宮司さん にお願いするケースが続く。
 名人戦の本文見出しは「種村6連覇、激戦松川を制す」。6年ぶりの対決は、通算10期 を目指す松川を3−1で種村が降す。本人記述の実況中継の記事を読むと本文記事と あいまって面白い。
 クイン戦の本文見出しは、「渡辺、混戦を制し3連覇」。山崎みゆき挑戦者を2−1で 降し、渡辺防衛。
 全日本選手権の本文見出しは「"選手権男"蘇る」。「選手権男」初代は山田潤次。二代目 は、今回優勝の太田富夫。最初の優勝の決勝を生でみていただけに、この2度目の優勝に 感慨を覚える。
 選抜大会には、第5回にして、やっと本文に小見出しが出た。「松川堂々、貫禄の優勝」。 初出場で初優勝。流石である。
 各会対抗団体戦にも、3回目にして本文見出しが登場。「慶応、悲願の優勝!」。プレ 大会での優勝のある慶應だが、本大会になってからは、2度とも予選で東京吉野会の後塵を 拝してきた慶應が、名人と準名人二人を擁し、大前らを加えた強力布陣で優勝を遂げる。 団体戦には学生会が良く似合う。
 「われらA級1年生」は、第6回となるが、目次からは「特集」の二文字がなくなった。 しかし、本文のほうには相変わらず「特集」の二文字が残る。
 物故者を偲ぶ記事では、慶應の伊崎泰章君が20代にして登場してしまう。その若すぎる 死は残念でならない。
 得点表にみる慶應所属選手の名前は、上から順に次のとおり。
 種村、望月、大前、早川、鈴木靖司、牧野。
 名人戦東日本予選にはベスト4に大前、望月。大前決勝に進出するも松川が代表。西 日本代表は3年連続で鶴田。
 大会成績にみるB級以下の慶應所属選手の名前は次のとおり。
 豊田昌三、北沢尚子。
 第52回職域での慶應の成績は次のとおり。
 A級3位。C級優勝。
 第53回職域での慶應の成績は次のとおり。
 A級優勝。B級7位。
 昇段者は前号と同様、段位基準変更による四段昇段が目立つ。
 公認読手には、慶應から望月が、審判員には牧野が委嘱される。
 編集後記によると、原稿が多く集まっている様子がわかる。原稿がなければ編集もでき ない。巻末には広告を取り入れたい旨が記載。財源確保が目的。  ちなみに、今号の大会成績には、宇佐大会B級優勝に大分県協の西郷直樹の名が登場。 のちの名人にも、当然のごとくこういう時代があったわけだ。
(H.Takano)

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