"競技かるた"に関する私的「かるた」論
番外編
要注意!「言葉の罠」
〜耳年増の危険性〜
Hitoshi Takano Aug/2016
シェークスピアの戯曲「マクベス」をご存知だろうか。
主人公のマクベスに予言をする「三人の魔女」。
この三人の魔女の予言は、今回のタイトルにした「言葉」に潜む罠を感じさせずにはいられない。
劇の冒頭から、魔女たちの台詞はなぞかけのようだ。「きれいはきたない。きたないはきれい。」意味不明とも
いえるが、物事の表と裏を言っているとも言える。言葉の罠にはこの手のものが多いような気がする。
競技かるたでいえば、「はやいはおそい。おそいははやい。」という感じだろうか。
そして、魔女の予言で「罠」を孕んでいるものは「“one of woman borne”(女が産んだ者)は、マクベスを倒せない」
と「バーナムの森が進撃して来ないかぎり安泰だ」という言葉であろう。
マクベスは、女が産まない人間はいないから、自分は倒されることがないと安心し、森が進撃することなどありえない
から自分は安泰だと思うのである。
しかし、マクベスは森に進軍され、人間に倒されることになる。
予言の秘密というか謎解きはここでは記さないので、「落ち(?)」(謎解き)を知りたい方は、自分でググるなり、
Wikiで調べるなりしてほしい。言葉には「罠」が満ちているのだ。
先月は“「ちはやふる」に関する一考察”というタイトルで書いているが、このマンガのストーリーの中にも、罠(というよりも「謎」か)を
秘めた言葉が出てくる。主人公の千早のかるたの師匠である原田先生の言葉である。明らかなものは、少なくとも二つは
出てくる。
ひとつは「はやく取るのをやめなさい。」であり、もう一つは「団体戦は個人戦。個人戦は団体戦。」である。
前者は、競技かるたが、相手よりもはやく札を取ることで有利に展開する競技であると知っている人には「?」がつく
言葉である。また、後者は競技を知らない人間が聞いても「……?」という感じだろう。
まさに謎掛けである。人によっては「禅問答」のようだと感じるかもしれない。
結局は、この謎掛け、禅問答に対しての答えは、この言葉を胸に抱えつつ、競技の経験の中で「あぁ、真意はこういうこと
だったんだぁ〜!」とハタと気づくのある。本人の中で、言葉の持つ意味が腑に落ちたわけである。
「かるたは遅く取ればいいんですよ。」などという言葉をベテランのOBなどから聞く。上級生はそのあとに「でも、相手より
ちょっとだけはやく取る。」という言葉が続くことを知っていても、新入生などがこの言葉を聞いても「何で?」という
ことになる。後半が省略されることがあればなおさらであるが、通しで聞いたとしても前半しか印象に残っていないこともある。
この手の「?」がつきそうな言葉を一流選手やOBや先輩上級生からストレートに聞かされることもあれば、先輩たち同士の
会話から聞いてしまうこともある。A級の一流選手がA級になりたての選手に指導しているのを聞くこともあるだろう。
特に傍で聞いているときは、その言葉の前提となる背景知識は省略されていることが多く、言葉の字面だけを聞くと
前提や背景を知らない選手は、時として「言葉の罠」にはまってしまうのだ。
周囲がそうした選手ばかりの中で、基礎作りをしている選手が話を聞いていると「耳年増」になってしまい、間違った解釈
でおかしな方向にいったり、自分にまったくあわない競技スタイルを採用してしまったりする。
話すほうも、周囲に誤解を与えないような工夫が必要だが、聞くほうもこのことを充分認識して聞かなければならない。
一番よいのは、疑問に思ったら発言者に聞くことだが、新人が一流選手や年齢の離れたOBや怖そうな先輩に聞くことをしづらい
というケースもあるだろう。その場合は一度は、そんな謎めいた言葉は忘れてしまうことだ。
変な方向に行って迷子になるよりはいい。自分の理解できる指導を受けとめて、基礎をしっかり身につけることを心がければ
よいのである。
そして、経験や実績を積んでいくうちに、以前聞いた胸の奥に隠れていた謎めいた言葉がある日「腑に落ちる」ことが
あるはずだ。
たとえば、試合で何らかの壁にぶつかってしまっているときに、昔新人のときにきいた、わけのわからなかった言葉が
ブレイクスルーにつながったりする。
先輩たちも後輩が「言葉の罠」にはまらないように注意して、わかりやすい説明をすることを心がけるべきなのだが、
説明をしすぎると自分の頭で考える余地をなくしてしまう可能性がある。自分の頭で考え、「あっ!そうか!」という
部分を残しておかないと、結局は身につかないので、この点も注意すべきである。
「はやいはおそい。おそいははやい」にしても、「はやく取るのをやめなさい」にしても「遅く取る」という言葉にしても、
どれにも複数のシチュエーションがある。しかし、はやく取れる能力の開発ができていない選手が、「はやさ」への取り組みを
充分にしないで、言葉に振り回されることをよくない。まずは、「はやさ」を求めて基礎を作るべきである。そうすると
これは一例ではあるが、どれもこれも一字決まりを取るはやさは必要ないことに気づくときがくるだろう。二字決まりには
二字決まりの、三字決まりには三字決まりのはやさがあるのである。三字決まりのはやさは一字決まりのはやさよりは
おそいが、三字決まりに対して一字決まりのはやさで出てしまって三字のタイミングで取ることが遅れてしまうよりは、
三字決まりのはやさで出たほうがよいのである。
これ以外にも事例や解釈はあるので、一例をあげたにすぎないが、「はやい」と「おそい」の言葉の意味づけが
少しは見えたのではないだろうか。
競技かるたで使う小倉百人一首の和歌には、掛け言葉や縁語や様々な技法が使われている。その和歌を使って競技を
している我々も「言葉」というものの持つ様々な側面を知らなければならない。本稿で、その一端に触れていただけた
ならば幸いである。
次の話題へ
前の話題へ
★ "競技かるた"に関する私的「かるた」論のINDEX
☆ 慶應かるた会のトップページ
★ HITOSHI TAKANOのTOP PAGE