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"競技かるた"に関する私的「かるた」論

番外編

平成かるた考

〜 平成かるたの潮流 〜

Hitoshi Takano Mar/2019


 平成という時代は、あと2ヶ月で終わる。
 平成のかるたの潮流を考えてみたい。

 平成を代表する「かるた」をタイトル保持者からみれば、14期連続名人の西郷永世名人と10期連続クイーンの楠木永世クイーンであることに異論はないだろう。
 もちろん、永世称号保持者で言えば、平成前期には種村永世名人がいて、渡辺永世クイーンがいる。 しかし、種村永世名人と名人戦で戦い、名人となった平田名人、望月名人を含めて、この3人の名人達が自分の競技かるたの基礎を形成した時代は昭和年間である。 渡辺永世クイーンも同様に、自らの競技かるたの基礎を形成したのは昭和年間である。
 一方、西郷永世名人は平成元年は小学校の高学年である。すでに競技を始めてはいたが、身体の成長を含め、将来の名人位獲得に通じる多くのことを形づくっていった時代は平成と言って差し支えないであろう。 そして、楠木永世クイーンは平成に入ってからの生まれである。まさに平成の申し子である。
 やはり、このタイトル保持者のかるたは、平成を代表するかるたの潮流といってよいだろう。
 配置でいえば、上段の中央は使わない左右にわけるスタイルである。このあたりは、種村名人や平田名人のスタイルとは異なっている。
私自身は上段中央を使う昭和スタイルだが、平成も年が進むにしたがって、上段中央を使う選手が減少していった。特に平成に入って競技かるたを始めた選手は、上段中央を使わない左右分離派が圧倒的に多い。 上段中央を使う選手は絶滅危惧種ではないかと揶揄した言い方さえしている。
 札の取りは、楠木クイーンが畳に直線を引いて練習したという逸話もあるせいか、出札への直線志向が顕著になった。代表的なのは相手の下段を「突き手」で取るプレイが増加したことである。
 昭和でも出札に最短の経路という考え方はあったが、直線志向を「突き手」という捉え方で見ると、決まり字の長さによる「タメ」の技法が「払い手」とは異なるので、昭和から競技を見ている立場としては、変化と感じる部分である。

 西郷永世名人、楠木永世クイーンの影響以外にも、平成の潮流はある。そのあたりも確認してみよう。

 最も大きな潮流は「攻め」の徹底化であろう。
 昭和の頃からも、「攻め」の重視は言われてきたが、平成では「より徹底化」されたというか、デフォルメされたといえるだろう。
これには、平成後期に連載が始まり、競技かるたブームの火付け役となった漫画「ちはやふる」(アニメ化、実写映画化)の影響も大きいだろう。
漫画に登場する府中白波会の会長の敵陣の右下段への攻めを強調する姿勢が、読者の間に浸透し、この漫画をきっかけに競技の世界に入ってきた初心者もこの精神を理解して実践につながっていると思う。
 昭和でも、大阪暁会や福井渚会の敵陣右下段への強烈な攻めは有名だったし、東京大学かるた会が急速に伸びた背景にも「攻め」の徹底があった。 しかし、これが一つの波となって競技者の中に深く浸透したのは平成になってからといってよいだろう。
 私の所属する慶應かるた会でも、友札を分けて攻めるとか、同音の決まり字の短い札を送って攻めるという「攻め」の重視は、私が競技を始めた昭和の時代でも初心者への指導の中で言われてきた。
 しかし、平成に入って上級生が初心者に指導する光景をみると、もっと極端な「攻め」の指導になっていた。特に始めたばかりの頃に「自陣は覚えなくてもいいから、敵陣の札を覚えて攻めるように」という強調とか重視という言葉では表現不足の「徹底化」・「極端化」が行われていた。  「何が何でも右下段」、「困った時の右下段」とまでは聞かなかったが、そのくらいの勢いの指導だと感じたものだ。
 何事にもバランスが必要だとは思うが、平成における潮流として確実に「攻め」の徹底化はあると考える。
 平成後期の西郷永世名人後の名人である岸田名人、川崎名人の「攻め」の強さも、この潮流を維持している一翼を担っているように感じている。

 さて、この攻めの徹底化の潮流の中でも、相手陣の右下段への攻めは大きなポイントとなっている。試合を見ていて、時として双方の激しい抜き合いとなることがある。 選手自身もいろいろ考えるところがあるのだろう、様々な工夫が垣間見える。右下段を相手に抜かれることを前提とした (おそらく自分も相手の右下段を抜くことが前提であるとは思うが)札の配置などである。
 右下段は抜かれるものとあきらめるという体裁もあれば、右下段に抜かれやすそうな札を置かないという体裁もある。その場合、自陣で取れる札をどこに配置するかという観点が必要だが、 人によってさまざまな工夫がある。左下段を使う選手もいれば右上段を使う選手もいる。こうした相手の得意や狙いをはずす工夫も、ひとつの潮流ではないかと思う。
 平成の最後の名人位には、粂原名人がついた。粂原名人の右上段の長さはSNSなどでも話題になっている。自身の特徴を考慮した上での配置になっているのだとは思うが、 名人のスタイルを真似る選手も今後出てくるのではないかと思われる。
 ただの真似では真似に終わってしまうので、自分なりに腑に落とす作業をしていかなければならないとは思うが、個性を生かした様々な配置があっていいと思う。

 粂原名人の誕生は、平成の潮流を次の時代に変化させる前触れなのかもしれない。

 平成の後期、さきほども書いたが漫画「ちはやふる」でブームになり、初心者層から初級者層が急増した。多くの選手がいるということは多くの個性があるということである。 海外出身の選手も増加した。新たな時代は、多様性と個性の時代となることは間違いないだろう。競技かるたの指導も、個性を伸ばし、多様性を担保する時代にしなければならないのだと考える。 平成の潮流が新時代に変化することを楽しみにして、筆を置くこととしよう。



本文中の競技かるたに関する用語・用字において、一般社団法人全日本かるた協会で通常使用する表記と異なる表記がありますが、ご了承ください。


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高野 仁


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