"競技かるた"に関する私的「かるた」論

番外編

バランス論

〜自己を活かすか,相手を封じるか〜

Hitoshi Takano JAN/2020

0.はじめに
 対戦相手のいる競技の場合,相手の得意技を封じて,有利にたつという考え方があり,一方で,自分の得意技を活かして有利にたつという考え方もある。
 双方同時にできればそれに越したことはないが,現実にはそうそううまくいくものではない。
 相撲などで,けんか四つ(右四つ得意力士と左四つ得意力士の対戦)といわれるスタイルでは,自分本来の四つに組んだほうが,相手の得意を封じて,自分の得意を活かす形になる。
 右相四つの場合は,右四つに組めば,それは,相手の得意を活かしてしまうものの自分の得意も活きる形である。
 これが,右相四つなのに,あえて左四つに組むという作戦でいけば,それは,自分の得意を活かせないことを承知で相手の得意を封じるということになる。 ただし,仕掛けるほうは意図的に作戦として行うわけなので準備ができているが,相四つだと安心して右四つを想定していた力士は,目論見がはずれるわけで, 仕掛けた力士にアドバンテージがあると言えるだろう。
 このようなケースを競技かるたの対戦で考えるとどうなるだろうか考えてみたい。

1.自己を活かす
 対戦相手のある競技において,自分の得意を存分に活かせる試合展開のほうが勝利により近いという感覚をもつことは自然なことではないだろうか。
 のびのびと自分の実力を発揮する。それで敗れたら,相手が一枚上手だったということと気持ちの整理もつくだろう。
 とはいうものの,練習であっても,試合であっても,その場の雰囲気だったり,相手との関係性だったり,様々な要因が影響して, なかなかに自己を活かしきった展開ができないということのほうが多いように思う。
 まずは,自己を活かすための障害を排除して,自分の実力を充分に発揮できるように日頃から鍛錬するというのが,競技者としての「いろは」の「い」であろう。
 競技かるたで,攻めがるたの人は,そのスタイルを実践する。守りの強い人なら,そのスタイルを守る。「感じ」の早い人なら,自分の「感じ」の速さを活かした取りをする。 それに伴い,そのスタイルにあった,いつもの定位置,いつもの札の送りをする。こうしたことが,自己を活かすことになるだろう。
 お手つきは多いけれども,そのかわり札を早く取る,お手つきした分札を取りいつも26枚以上取って勝つというスタイルならば,それが自己を活かすことになるだろう。 それを,お手つきしないように慎重にと考えてしまうと自分の良さが活かせないかるたになってしまいかねない。自分のリズムやペースが崩れてしまうということになってしまう。 これでは,自己を活かすことにはならない。
 特に初心者・初級者は,まずは自己を活かすことを考えてかるたを取ったほうがよいだろう。自分の良さを伸ばせるうちは目一杯のばしたほうがよいのだ。

2.相手を封じる
 自身の戦いを有利に進める上で,相手の得意を封じるという作戦もある。
 相手がこちらの陣の右下段を攻めて抜いて,試合の流れをつくるタイプだとしたとき,相手を封じるために自陣の右下段を抜かせないように守ってみたり, 定位置は一字や二字などの決まりの短い札を置くにもかかわらず,そういう札はあえて別の場所に配置し,三字決まりなどの決まりの長い札を置いてみたりといったやり方もあるだろう。 また,感じが早い相手の感じを消すために,音に感じてもいないのに相手より早く手を出すなどの手法をとったことのある方もいるのではないだろうか。
 確かにこれで,相手の得意を封じることができるかもしれない。
 ただ,気を付けてほしいのは,それによって自分の良さも消してしまう可能性があることだ。
 特定の相手に対して苦手意識が強すぎると,どうしても相手の得意を封じることを考えたくなるのだが,試行錯誤の一環としてチャレンジするのはいいかもしれないが, あまりこのことにこだわらないほうがいいように思う。
 たとえば,左利きの相手が苦手だと思って,あまりに左利き対策を考えすぎて,敵陣左下段を抜くことを考えたりすると,かえって自分のかるたのバランスを崩すことがある。 右利きととるときとかわらない考え方をすればよいだろう。敵陣右下段への攻めを普段からしているのであれば,相手が左利きでも相手の右下段への攻めを中心に取るリズムを守るという選択もあるのだ。
 前項でも書いたが,基本的な技術が確立していない初心者・初級者のころは,相手の得手を封じることではなく,自分の良さを生かす作戦を考えるべきだろう。
 相手を封じるには,様々な経験や確固たる技術の裏付けが必要なのだ。

3.自己を活かし,相手も活きる
 自分の得意を活かすことが,相手の得意を活かす妨げになっていない場合,あえて相手の得意を封じようとしなければ,競技者双方の得意が活きた勝負展開となる。
 丁々発止とした試合展開が期待される。野球でいえば,投手力が弱く打撃力の強いチーム同士の打撃戦の試合展開のようなものだろう。 結局打撃力がより強いチームが勝つ。
 相手を封じるなどというような余計な神経を使わず,ただただ自分のスタイルでかるたを取り続ける。精神衛生には,よいスタイルだろう。 相手も自分も,ともに相手陣への攻めを中心とするかるただと,気持ちよく攻め合うというパターンになる。 自身の得意を活かして勝ち切れば,気持ちのノリは非常によいだろう。次の試合へ気持ちよく望めるだろう。
 しかし,相手が自分の得意を充分に活かして,自分以上に調子が出てしまうというパターンもありうる。 こうなるとどっちが気持ちよく自分を活かせるかということになり,実力差が出やすいということは認識しないといけないだろう。 実力差を感じて負けると,気持ちがへこむ可能性が大きい。

4.自己を活かさずとも,相手を封じる
 相手を封じることを優先させ,自己の良さを活かすのは二の次という発想である。 攻撃が得意でも,相手も攻撃が得意であれば,相手の攻撃力を削減させる発想・作戦を優先し,自身の攻撃の良さの発現力が低下しても気にしないというスタイルである。
 野球でいえば,攻撃力・打撃力の強いチームと対戦する場合,自チームが攻撃・打撃を売りとしていても,打撃力は弱くとも守備力の強い選手を起用するようなものである。
 試合展開は地味になる。そして,相手の力を封じることに失敗すると,目もあてられない大差の結果になる可能性も高い。
 相手も自分も攻めかるただったとして,自分の攻めを封印しても相手の攻めという武器を使わせないことに主眼を置き,自陣を守り,相手の攻撃を調子づかせない。 これが成功すれば,相手に強いフラストレーションを与えることができる。とはいえ,勝った自身にもフラストレーションは蓄積する。 そして,失敗し,自分が得意の攻めを封じてもあえて実行した守りが破られてしまったら,そこには厳しい結果が待っている。 自身は,フラストレーションと後悔の塊と化す。
 こうした自身の良さを封じてさえも相手に力を発揮させないというパターンは,連戦の場合同じパターンを繰り返すのは危険である。 自己を活かすパターンも交えていかないと,気持ちのノリが悪くなり,精神的に厳しいものがある。

5.自己が活きず,相手が活きる
 このような状況は,ある意味作戦の失敗である。最初からこれを目指して試合に臨むことは通常ありえない。
 実力差がある後輩との練習などの場合,後輩に経験を積ませる意図で,相手の得意を伸ばすべく,自分は相手を封じる策をとらず,且つ,得意と逆の手法をとるというパターンくらいだろうか。
 「6」の逆のケースなので,相手が「6」を実行してきて,それにはめられてしまった場合がこれである。
 最悪のパターンであり,万一これにはめられると,気持ちもへこみ,フラストレーションもたまり,ショックが大きい。
 守りかるたが得意な相手に攻めかるたが得意な自身が対戦し,相手の堅守を打ち破ることができず,お手つきで崩れたり,自陣がおろそかになって相手に出札を拾われたりして, 自分の通常のかるたが取れなくなって敗戦にいたる。自分の攻めが中途半端だったことを思い知らされてしまう。こういう経験は,読者にも結構あるのではないだろうか。
 これで負けたら,しっかり原因を振り返って反省し,次の機会に活かすことを考えなければならないだろう。

6.自己を活かし,相手を封じる
 これが,目指すべきパターンである。自分が伸び伸びとそして活き活きと取れ,自己を活かすことができ,その上,自分を活かすことが相手を封じることにもなる。
 これが実現できれば,勝利に極めて近ずくことができるだろう。しかし,世の中,そうは甘くない。 やはり,まずは自分を活かすことを考え,実行する。そのあとで,余裕があれば,相手を封じる手立てがどこにあるかを考える。 その手立てが,自分を活かすことの妨げにならなければ実行し,自分を活かす妨げになるようならきっぱりと相手の良さを封じることは意識からはずす。 すなわち,自分を活かす方法をメインで実践する。運よく偶然が味方をすれば,自分を活かすことが相手封じとなる可能性もある。
 このパターンを意識せずに自然に生じさせるようになれば,それは偶然ではなく実力という必然なのかもしれない。

7.バランスの取り方
 ここまでは,あえてわかりやすく少し極端に書いてしまったが,実は1試合の中でも上記の4つのパターンが入り乱れて発生することもある。
 自分を中心に意図的行動から考えれば,4つのパターンではなくパターンは二つだけである。
 すなわち,「自分を活かす」か「相手を封じる」かである。
 1試合の中で4つのパターンが入り乱れると書いたが,二つのパターンが相手との関係の中でどのように発現するかということである。
 試合の流れの中で自分の調子をはかり,相手の得手・不得手,長所・短所を見極め,「自分を活かす」ことを優先するフェーズか,「相手を封じる」フェーズかをしっかり判断することが重要である。 このフェーズが,試合によって9対1であらわれるか,5対5であらわれるか,3対7であらわれるか,そのバランスの取り方をしっかり考えてほしい。
 厳に避けたいのは,「自分を活かす」よりも「相手を封じる」ほうが適切な場面で,「自分を活かす」ことにこだわり,活かせぬまま負のスパイラルにはいってしまうことであるし, 「相手を封じる」よりも「自分を活かす」ほうが適切な場面で,「相手を封じる」ことにこだわり,封じることができないまま負のスパイラルにはいってしまうことである。
 適切な場面の判断と,それに基づくバランスの取り方,それをしっかりと実践すること。これが本論の趣旨である。

8.おわりに
 自身の基礎力や得意を伸ばし,活かすことを練習の主眼とする。
 シンプルで,基本的な考え方であろう。
 しかし,練習を続けていくと,いずれは壁にぶつかってしまう。おそらく,多くの方がこの経験をされているのではないだろうか。
 この時に,それでも地道に自分の良さを磨こうと努力するという自身の絶対的価値を高める方法と,相手の得意を封じることで自身の相対的価値を高める方法と二つの方法論の選択で悩む方もおおいのではないだろうか。
 私は,若い時,後者の方法論にチャレンジした。
 当初,相手を封じる策が成功したことがあったが,すぐに通用しなくなった。
 相手がこの策に対応する方法を試してきたり,相手が自身の絶対的価値を高める度合いがこちらの相対策をすぐに上回っていった結果だった。
 それ以上に,相手を封じる以上に自分が自分の良ささえも封じてしまったことが原因だった。
 私は,かえって調子を崩してしまった。
 こうした結論から,その後意図的な相手封じはやめ,自分の良さを再認識し,それを活用する方法を考えるにいたり,現在に至っている。
 もちろん,自分の良さが発揮されることが,たまたま相手の良さを封じる効果を生んだこともあるが,よほどのことがない限り,積極的に相手を封じる策をとることはしていない。
 しかし,相手を封じる作戦を考え,その意図が見事にはまった時の快感は強烈である。まさに禁断の果実である。相手封じを否定はしないが,「守株待兎」とならないように注意されたい。
 本稿が,ひとつの「考えるヒント」になれば幸いである。

Auther

高野 仁


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