"競技かるた"に関する私的「かるた」論

番外編

ゾーン考

〜集中力の産物〜

Hitoshi Takano FEB/2020


1.「ゾーン」とは

 アスリートの体験として「ゾーン」という言葉が使われるのを聞いたことがある方も大勢いることだろう。まずは,ことばの紹介をしておこう。
 Wikipediaの一部抜粋でみてみよう。「集中・没頭しているときの心理状態。」と紹介されている。
 では,アスリートは,このゾーンの体験をどのように語っているのだろうか。
 打撃の神様と言われた野球選手の「ボールが止まって見える」という言葉は有名だが,これもゾーン体験だと言われる。球技の種類にもよるのだろうが,ボールが何倍にも大きくみえたという語る選手もいるようだ。さらには,相手選手の動きがスローモーションのように感じたというサッカーの選手もいる。それ以外にも様々な経験があるようで,心理学の研究分野でも解明されてきている。
 そうした科学的なアプローチについては,Webで調べたり,専門書を読まれれればよいかと思う。

2.競技かるたにおける「ゾーン」体験

 競技かるたにおいて,ゾーン体験と思われる経験はどんなものだろうか。

(1)相手の手の動きがスローモーションのように感じられた。
(2)決まり字が子音レベルで聞こえた。
(3)読み手の読みの感覚が通常のスピードよりもゆっくりと聞こえた。
(4)決まり字が読まれる前に,とも札の区別がついた。
(5)読みと読みとのインターバルの間に,次に読まれる札が輝いて見えた(手を振った,浮き上がって見えたなどのバリエーションあり)。
(6)終盤戦で,運命戦になった時に読まれない札がわかった。

 ざっと,こんな感じだろうか。
 では,それぞれが,ゾーン体験なのかどうかを考えてみたい。
 なお,私は心理学の専門家でもなんでもないので,勝手な解釈での私論としての判断である。
 おそらくゾーン体験と言っていいものは,(1)(3)で,グレーゾーンが(2)(4),ゾーン体験と言い難いのは(5)(6)ではないだろうか。
 (1)は,私にも経験がある。自陣を攻めに来る相手の払い手の動きがスローモーションのように感じるのだ。 だから,それよりも素早く自陣を払えばよいのだが,この体験をするときは,決まって自分は動けないのだ。 役に立たないゾーン体験であるが,競技かるたの場合,相手に札を取られてもドーパミンが出るそうだから, 自分が能動的に動けないとしてもなんらかの脳内物質が分泌されてこのような経験につながったのかもしれない。
 (2)は,ゾーンに入らなくても,子音の聞き分けができる人はいるので,普段から子音がわかる人にとってはゾーン体験でないし, 普段まったく子音の聞き分けができない人にとってはゾーン体験といえるかもしれない。 ゾーンでなく競技者として成長・進化の過程で聞こえる頻度が高くなってきた可能性も捨てがたい。というわけでグレーとした。
 (3)は,スローモーション体験に近い感覚なのでゾーン体験ではないかと判断した。私には経験がないが,このような経験をしたという選手の話は聞いたことがある。
 (4)は,ゾーンというよりも,決まり字の前の音の強弱や高低で区別がつくようになったいうことで,(2)の判断にほぼ近い理由でグレーとした。
 (5)は,私にも経験がある。ただ,自分が次に出てほしいという願いが強すぎて,そう感じて,たまたまそれが実現したという偶然である可能性が高い。 確率論の世界でいえば,狙いがたまたまあたったという類の経験で,ゾーン体験とはいいがたいだろう。しかし,一試合で何度もこういう経験をしたときは,自分でも驚いた。 「気合で,狙っている取りたい札を読ませるのだ」は,科学的とは言い難くゾーン体験ではない。
 (6)これは,強い選手はなんとなくわかるものだということをよく聞く。しかし,確率論の世界からいえば,ゾーン体験ではないだろう。 「出ないでくれとの思いで相手に札を送るのだ」は,気合や願望の世界であるだろう。しかし,運命戦に強い選手は実際に存在する。 相手陣を抜くとか,相手のお手付きで終了するようなケースで勝率が上がる場合もあるが,純粋に運命戦で自陣が読まれる確率は, 回数が増えれば増えるほど50%に近づいて行くものだろう。

3.「ゾーン」体験を活かす

 ゾーン体験は,やはり集中力が際立って試合の中に入り込んでいるときに生じる経験だろう。
 試合展開に有利に働くのであれば,再現性を高めていきたい。再現性を高めるためには,その経験が起きた時の状況をしっかり覚えておくことだろう。ゾーンに入るための諸条件がわかれば,その条件を満たして再現できる可能性が高まるわけだ。
 体験をした人は,再現に向けたアプローチを考えてほしい。
 そして,経験したことのない人は,集中力を高めることを目指してゾーン体験に向けてチャレンジしてほしいと思う。
 (1)〜(6)のゾーン体験かどうかの判断は,あくまで私の独断である。自分なりに判断していただきたいし,これ以外のゾーン体験があれば,ぜひ明らかにしていってほしい。


Auther

高野 仁


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