自戦記(2)

Hitoshi Takano Aug/2008

3.中盤に入る前に

 中盤に入る前にこちらの右下段に「いに」を抜かれる。枚差からいっても、勢いからいっても相手 ペースであることは間違いない。しかも、YAは、気合いを表に出してくる。
 自分自身、取っている中で30枚などと数えていないので、ここで中盤に入ったなどとは意識はし ていなかったが、相手のこの勢いに対して、自分自身が同じ気合いや同じ勢いでぶつかるのではなく、 その気合いや勢いをはずして流していくことを考えていた。
 たとえば、相手がさかんに声を出してきているとすれば、それと同じような声をだすようなことは しない、違う種類の声をだすか、声を出さずに相手の声を受け流すような雰囲気を自分の中に溜めて いくのである。
 また、相手が確認のために素振りを何度も繰り返すようならば、素振りをあえてしなかったり、素 振りとはいえないような最小限の手の動きにとどめるのである。相手と同じにせず、あえて対照的な 雰囲気でいくのである。
 今回はそうであったし、そういうほうが私にはあうのだが、相手が逆にたんたんと取る中で、リード を奪うようならば、その打開のために、あえて声を出したり、積極的な素振りをしてみたりすることも ある。
 しかし、どちらかといえば、運動量は最少に、声を出したりするのも最小限に、表に出すエネルギー は極力節約し、エネルギーはうちに溜めておくというのが、私の基本姿勢である。
 リードされた場合は、中盤でなんとか差を縮め、終盤への入り際で勝負になりそうな枚数差までもっ ていかなければ、敗色濃厚にならざるをえない。
 この中盤が私にとっての勝負所なのである。
 リードされているということは、自陣の札のほうが多いということである。当然、確率的にも自陣の 札のほうが多く出る可能性が高い。ということは、中盤で何とかするための手段としては、自陣の札を 有る程度取らなければならないということである。そして、自陣が多いということは、相手はこちらを 攻めてくるということである。攻めてくるということは、相手の自陣に隙が生じやすくなるということ でもある。その相手陣を取るということも、リードされた中盤の課題なのである。
 こんな観点から、中盤の自戦記を読んでいただきたい。

4.中盤

2008年6月7日(土); 於,慶大日吉和室
競技生活30年記念対戦(詠み30枚めまでの図)

高野 仁                 Y.A 
甲左下段 甲左中段 甲左上段   乙右上段 乙右中段 乙右下段
あはぢ         やまざ わたこ
やまが       あらざ みち をぐ
つく          
      たち    
    ありま        
             
    たき        
    たか        
    きみを        
    なにわえ        
    わび        
    なげき        
    この        
  みせ       はなの
しら よも       ながか おほけ
おおえ やえ         あさぢ
甲右下段 甲右中段 甲右上段   乙左上段 乙左中段 乙左下段


(31)「あひ」…空札
(32)「す」
 左下段で自陣をキープ。攻めにこられて抜かれるかなと思っていただけに私としては、ラッキー な印象であった。「す」と「うか」「うら」の3枚をこの左下段で取れたのは大きい。
(33)「きみ(がためを)」
 自陣上段中央を取られる。相手が早かったのもあるが、響かぬ上段になってしまっていた。上段で 取りたい札の一枚ではあったのだが…。送り札は「みち」。上段右ゾーンに置く。
(34)「め」
 右下段を守られる。やむをえない。
(35)「ふ」…空札
 一字決まりが連続するが空札。
(36)「しの」…空札
 YAは、私の右下段の「しら」に反応し攻めにくるも空札。記録によれば「しらに反応。こらえた。」 とのこと。
(37)「あし」…空札
(38)「あらし」…空札
 4枚連続の空札。序盤の出がよければ、どこかで空札がふえるわけだが、空札連続は、まだ序章 だった。
(39)「この」
 「上段がっちり」と記録に。札にまっすぐにいく取り。この取りができれば、上段で札を減らせる だろう。
(40)「あま(の)」…空札
(41)「なに(わえ)」
 自陣上段で取る。「なに」3枚のうち、相手に両陣で1枚ずつ計2枚を取られ、こちらは自陣で 1枚を確保したにすぎないが、3枚全滅を免れたことはよしとしなければならないだろう。
(42)「わたのはらこ」
 相手に決まり字前に触られてしまうが、相手も意図的ではなく、これは事故。逆の出であれば、お 手つきだったわけだから…。相手も「失礼」とはいうものの、ラッキーであることは違いなく、相手 の「つき」を感じる。
(43)「たか」
 自陣上段中央の取り。相手は手を出してこなかった。
(44)「あさぼ(らけあ)」…空札
 記録によると「あさぢ」を攻めにいくとある。でも、自分的には、遅い攻めであったように思う。
(45)「ゆ(う)」…空札
(46)「も(も)」…空札
(47)「かぜそ」…空札
(48)「これ」…空札
 空札5連続。
(49)「みち」
 自陣上段で取る。記録によれば相手方の欄に「相手陣上段が遠い」と記載。私にとっては「自陣上段 が近い」ということになるのだろうか?
(50)「こひ」…空札
 ここまで13枚対8枚。5枚差。徐々に差を縮めてきている。
 私は、自陣12枚。敵陣1枚。お手つき1。相手は、自陣8枚、敵陣8枚。お手つき0。攻守の バランスでいえば、YAのほうが私に比べてはるかにいい。
(51)「し(ら)」
 自陣右下段を守る。
(52)「せ」
 「右下段でS音を連取」とは記録子の弁。この自陣右下段の連取で3枚差。
(53)「ながか」
 記録では「久々に相手陣を確保」とある。自陣上段(右寄り)には「なげき」、敵陣左中段に 「ながか」ともにまだ3字。“NAG”音の別れ。私としては、3字であるのが幸いした。
 送り札は上段にあった「わび」。YAはこれを右中段に置く。
(54)「はる(す)」…空札
(55)「たご」…空札
 相手は私の上段右ゾーンの「たご」の定位置に手を出してくるが空札。
(56)「こころに」…空札
(57)「あけ」…空札
(58)「わがい」…空札
(59)「なが(ら)」…空札
(60)「ほ」…空札
(61)「わが(そ)」…空札
 ここまで連続8枚の空札。記録では私の欄に「空札が続く」とあり、YAの欄には「我慢比べ」と 記されている。まさに、我慢比べである。こういう時にそろそろ出るだろうなどと考えているとお手 つきの源となる。ヤマッ気を起こしてはいけないのである。暗記確認をしつつ、集中力を途切れさせ ずに、自然に自分の響きに身を任せたほうがよいのである。
(62)「ありあ」…空札
 私の自陣上段左ゾーンには「ありま」がある。序盤の相手のラッシュ時に送られた札だ。「ありあ」 の出で「ありま」は「あり」の2字決まりに変化した。
(63)「みよ」…空札
 ついに、連続空札は10枚の大台に乗った。
(64)「あり(ま)」
 記録よれば「空振り!」、相手欄には「均衡を破る」とある。相手からは、さきほど送った「わび」 が戻ってくる(自陣上段右ゾーンに)。10枚対8枚の2枚差が、10枚対7枚の3枚差となる。
 手は明らかに先に札の上にいったのだが、触れずにスルーしてしまったのだ。
 練習にしばらく顔を出せないときに、家で札を並べて、詠みの音源を利用して一人練習をすること がある。敵陣を取る感覚を重視して、敵陣35枚、自陣30枚で練習する。3枚に2枚は札が出る勘 定である。しかし、絨毯の上での練習であり、私の家は2階なので下のうちに払いの音が響かないよ うに払いのあとの叩きはしないような静かな払いである。札に対して指先で舐めるように払う。自陣 の上段は特に札の下辺を指先で掠めるような感じになる。この感覚に狂いが生じると高く浮いて空振 りとなったり、札の手前から引きずる払いになって遅くなってしまう。微妙な取りなのである。この 家での一人練習の時のような空振りがこの追い上げムードの時に出てしまったのである。
 まあ、取りはできなかったものの、音に対して響いていることを良しと考えるしかないのである。
(65)「ち(ぎりお)」…空札
(66)「き(り)」…空札
(67)「たれ」…空札
 YAはこちらの陣に手を出してくる。はたして、これは牽制なのか否か。本人の意思とは無関係に 攻めっ気をアピールのように感じる。
(68)「なつ」…空札
 空札4連続。
(69)「はなの」
 記録子は、「速い!!」と「!」を二つもつけてくれた。敵陣左下段を攻める。送りは「やえ」。 上段右ゾーンに置く。今日のYAの右中段の攻めは鋭く、「やえ」をここに置いておくと抜かれて 調子に乗せそうであるので、送り札とした。あくまでも相手の狙いをはずす意図での送りなのであ る。
(70)「たち」
 敵陣上段右ゾーンに「たち」を抜く。送りは再び「わび」(右中段)。行って帰って、また、行っ てである。
 8枚対7枚と1枚差まで迫っていた。
(71)「は(なさ)」…空札
(72)「ひ(とは)」…空札
 記録によるとYA欄には「気合いを入れ直す」とあるが、私は、そんな相手の気合いの入れ直しに ついて記憶がないのである。集中していたのであろうか。それとも…。
(73)「わび」
 行ったり来たりしていた「わび」は、この時敵陣の右中段にあった。しかし、送ったはずのこの 札に対して、私はなんと自陣の「わび」の定位置を払っていた。その時、その場所には他の札があっ たために、札に触れてしまった。慌てて敵陣に方向転換するが、時すでに遅し、相手が右中段を 払ったあとであった。
 送りを悔やんでも、もう遅かった。
 記録は、私にとって無情にも相手欄に「チャンス」と記す。「やえ」が再び自陣に戻ってきて 右中段に並ぶことになる。
 1枚差まで来ていたのが、このセミダブで、ふたたび4枚差に広がってしまう。
 9枚対5枚。次を取られるとダブルスコア以上の差がつくことになる。記録子が「ふんばり どころ」と書くように、まさにふんばりどころであった。

…… 続 く ……

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