競技の視点(2)

〜錯誤論〜

Hitoshi Takano Jun/2009

 お手つきをする。違う段を払う。隣の札から払ってしまう。決まり字のタイミングを間違え、 手が止まる。
 これらは、競技の中でよく起こるできごとだ。
 原因は、集中力不足という人もいるだろう。そして、集中力不足によって引き起こされるこれらの できごとは、競技者の錯誤によってもたらされるできごとであるということができる。
 お手つきにしても、払い違いにしても、決まり字の間違えにしても、これらの事象は、競技の中 で、自身を不利に陥れることになる。
 自身の錯誤は自身の不利であるが、裏返せば、相手の錯誤は相手の不利なのである。
 すなわち、競技においては、相手に錯誤を与えれば、相対的に自身が有利になるといってもよい だろう。

 自身の錯誤をなくすほうがほ先だという意見もあろうが、競技の中で戦術として相手に錯誤を 与えるという観点から少し述べてみたいと思う。

 「錯誤」とは何か。基本的には、情報の取り違いによって起きる事象ではないだろうか。一つ には、相手の情報処理能力に混乱を来たすように情報を与える方法があるだろうし、最初から誤っ た情報を与えるという方法もあるだろう。
 友札を自陣と敵陣にわけるという送り札をするが、これは「お手つき」をしやすい状況を作って いるわけだ。実は、これは相手の情報処理能力に混乱を与える行為をしているともいえよう。
 送り札の観点には、相手に錯誤を与えやすい状況をつくるということがポイントだろう。
 札を移動させるという行為、敵陣から送られた札を自陣のどこに置くかという行為も、相手に 錯誤を与えるのに役立つ。
 たとえば、相手は、こちらが右下段にこの札を置くだろうと予測して送ってこようとする。 その時、違う場所に置いたとしたら、そこには錯誤が生じているわけだ。
 自分自身を考えてみると、試合の中で、特に試合の序盤では、相手はここの段のこの場所が早いの ではないかとか、囲い手の手の位置はどうか、いろいろな情報を得ようと相手を観察する。この 時、自分勝手な思い込みをしている時もある。これを「勝手読み」という。要は、相手に自分の 情報を誤って読ませるようにすれば、錯誤の可能性が高まるのである。
 たとえば、敵陣の右中心への攻めをしているように相手に思い込ませておきながら、実は左を ポイントにした組み立てをしているというように、様々なケースが考えられるだろう。

 しょっぱなの敵の右下段を早く攻めても取れないほど相手の守りが早く、これは、右下段への 攻めは無理かなと勝手に判断していたら、実はそれはたまたまで、あとは攻め放題だったとか いうこともある。これをこの1枚だけで判断し、攻めの軸を変えていたら、試合自体が全然違う 展開になっていたかもしれない。
 これが逆の展開になってしかも、相手が誤解してくれれば、試合を有利にすすめる一つの要因 になるだろう。
 たとえば、序盤・中盤で相手に攻められて、一枚も取れなかった場所について相手にここは楽 勝と思わせておいて、終盤の肝の部分で実はカッチリ守って、相手の目論見をはずさせるという ようなこともあるだろう。
 実際、相手に誤った情報を与えるというのは、こちらの仕掛けでできる部分は少ないかもしれ ない。しかし、相手の誤解に期待する部分もあるかもしれないが、意図をもって仕掛けるという 能動的姿勢が大切ではないだろうか。
 その中の一つに、「表情」というのもあるかもしれない。いわゆるポーカーフェイスというのは、表情という情報を相手に知らせないための手段であるし、逆に「しまった」と思ってもいないのに「しまった」という表情をしたり、序盤で「なぜだ」という感じで首をひねることをしばしばすることで、相手に必要以上の情報を与えて考えさせるという方法もあるだろう。
 このようにいろいろな方法で仕掛けても、相手のことなど考えず、ただ、出た札を自分なりに早く取ることだけに集中している競技者 には通用しないかもしれない。しかし、そういう人であっても、何かの時には判断をしなければなら ないシーンがあるだろう。その時に判断の材料を誤らせる情報を与えておくことは、効果があ ろうがなかろうが手は尽くしておくという考え方もありうるのではないだろうか。

 「錯誤」という視点から、じゅうぶんとはいえないまでも競技をみてみた。
 競技を考える上で、情報の解釈、情報の出し方によって起きる「錯誤」の仕掛けについても 考えてみてもらえれば、また競技についての視点の幅が広がることにつながるように思うのだが…。


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