揮毫の話

Hitoshi Takano Sep/1999

はじめに

   「道法自然」「泰然自若」「則天去私」「飛翔」「光速」「惜福」「忍」「和」「一閃」「万事塞翁ヶ馬」「無心」「只楽」「澄心」「志在千里」「一歩」…。

  漢字や熟語を羅列してみたが、共通項は見つかるだろうか?
  わからなければ、次の文字列をみれば、わかるだろうか?

  「新手一生」「馬」「直感精読」「一手入魂」「助からないと思っても助かっている」「大局観」「棋楽而不知老」…。

  これでも、まだわからぬ人のために…。

  「初王手目の薬」「飛角金銀桂香歩」「一歩千金」「前進できぬ駒はない」…。

  これで見当がついたのではないだろうか。
  「何か将棋に関係がありそうだぞ。」と思っていただけたことだろう。今まであげたのは、将棋のプロ棋士が扇子や色紙に揮毫した言葉である。

  今回は、競技かるたの選手が、もし揮毫するとしたらどういう言葉がよいだろうかという話である。

言葉を選ぶ

  最初に列挙した言葉は、非常に一般的であり、競技かるたの選手が揮毫に使っても、なんらおかしくない言葉である。特に「一閃」などは、競技かるたに向いた言葉かもしれない。敵の右下段の一字をビシッと抜いた時のイメージがある。「光速」というのは、谷川浩司棋聖(1999年9月現在)の終盤の寄せを「光速の寄せ」ということにちなむものだが、競技かるたのスピード感を表すのにいいかもしれない。ただし、この言葉を谷川棋聖しか揮毫しないように、競技かるたの世界でも揮毫できる人間は限られるだろう。払いのスピードと切れに優れた選手でないとイメージがわかないからだ。

  「新手一生」などは、棋士個人のイメージができてしまっていて、他の人が使えないような感じがする。新手一生といえば、升田幸三実力制第四代名人のイメージだ。「直感精読」などは、もっと一般的かもしれないが、私には加藤一二三九段のイメージだ。「助からないと思っても助かっている」は、大山康晴十五世名人の名言だと思う。競技かるたにも通じる言葉なのだが、あまりに大山名人のイメージが強すぎて、使うことにためらいを感じる。

 「初王手目の薬」とか「一歩千金」、「桂馬の高飛び歩の餌食」「歩のない将棋は負け将棋」とか将棋に関する名言や格言などは、将棋らしさを表していて、揮毫するのによい言葉だが、競技かるたには使えない。競技かるたで、これらの言葉に相当する言葉を見つけたいものだが…。

  将棋の場合、プロ棋士であれば、駒の名を書くのでも重みがある。「王将」とか「竜王」はタイトルにもなっているが、色紙にして飾るにしても、格好がよい。「金将」「銀将」だって地味だが味わいがある。揮毫に使ってもなんらおかしくない。「飛車」「角行」という大駒もダイナミックでいい。「龍馬」や「馬」も強さでは負けていない。「桂馬」や「香車」は、その動きの特殊性のゆえに揮毫すれば、奥深さを感じる。桂使いの達人である中原誠永世十段などが「桂馬」と揮毫すれば、余計に価値を増す。「歩」や「と」といったものも、含蓄がある。

  そうすると競技かるたでは、百人一首の歌をそのまま使ったり、百人一首の歌から言葉を取るというのもよいかもしれない。かるた会の名前にも使われている「白妙」「吉野」「若菜」「有明」「浅茅」「鵲」「渚」「高嶺」etc.など揮毫に適しているだろう。そういう意味でいうと百人一首は揮毫に使う言葉の宝庫である。

  あとは、決まり字や札の覚え方から取るのも一興だろう。「むすめふさほせ」「うつしもゆ」「いちひき」「はやよか」「はらきまりさしひけ」なんていうのも、わかる人にはわかってそれなりに味わいがあるのではないだろうか。

  そして、私のおすすめをひとつ紹介しておこう。

             「用捨在心」

  「ようしゃざいしん」と読む。百人一首の撰者である藤原定家が「百人秀歌」の奥書に書いた言葉である。ようするに「歌を選ぶにあたって、どの歌を用いてどの歌を捨てるかは自分自身の心の内で決めたことだ」という意味合いである。この言葉は、競技かるたに通じる言葉である。どの札を敵陣に送るか、自陣のどこに置くか、どの札を捨てて、どの札を取ろうとするか。これは、ただ競技者の心の中にあり、競技者自身が決めることである。この競技かるたの真実を見事に表している言葉ではないだろうか。しかも、撰者である定家卿の言葉であるという歴史的くすぐりも併せ持っている。これほどかるた用の揮毫に適した言葉はないのではないか。
 

さいごに

  名人やクインにでもならないと、いやなってさえも、競技かるたの選手に揮毫してくださいと頼まれることは滅多にないことかと思う。しかし、普及においては、これは大切なことである。もし、万一、競技かるたの有段者ということで、初心者から「好きな言葉を色紙に書いてください」と頼まれることがあったとしたら、ぜひ、センスの良い言葉を書きたいものだと思う。
  競技かるたの選手の皆さんも、揮毫用に何かよい言葉を考えておいてはいかがだろうか。

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