後輩への手紙(III)

Hitoshi Takano Oct/1999


”乙”くんへの手紙(III)

前略  10月になったばかりというのに春の合宿の相談ですか。合宿係の鑑ですね。というよりも、悩み多き合宿係といったところでしょうか。伊豆大島も候補地の一つだそうですね。昔、東女のかるた会でやった民宿は知りませんが、大島町の観光課に問い合わせればよいところを紹介してくれるのではないでしょうか。電話番号は、04992−2−1441です。大島観光協会なら、04992−2−2177です。

  ここ数年は、外大との合同でしたね。それに最近は、未成年の中高生も参加するようですね。大学生の飲んだ醜態をさらせないので息抜きできないんじゃないですか。練習相手は限られるかもしれませんが、分離して単独でこじんまりやるのもよいかもしれません。それに時間と金のある人は、両方の合宿にでることも可能なわけですから、時期をずらして別々にやって交流するのも一つの選択肢だと思います。

  さて、春合宿の話はこの辺にして、本題に移りましょう。前に、初心者のようだと評された乙くんのかるたも、最近では逆に何を攻めて何を守っているかわからないから取りづらいという評価を受けているのですから皮肉なものです。物事には両面あるとはいえ、「初心者のようだ」から「取りづらい」に評価が移行しつつあるのですから、それは、乙くんのそれなりの実績が認知されつつあるのだとプラスに考えればよいでしょう。私も乙くんの活躍を期待しています。

  では、乙くんの持ち味をいかすために、よく練習しているメンバーとの対戦で何を注意すればよいのかをワンポイント解説をしてみましょう。

  最初は、丙くん。丙くんも大学から入ってから、競技かるたを始めた口だから、乙くんとキャリア的な差はないと思われます。最近、とみにお手付きが減ってきたようです。練習中、気持ちが散漫になりがちな乙くんとは違い、一生懸命競技に集中しようとしている姿勢の成果と言えるでしょう。彼は、真面目に攻めてくる人間です。そして、攻めている時の自陣の守りは弱いのです。したがって、前半から敵陣を攻めることです。そして、乙くんの特徴の突然早い札を自陣で取れば、相手は攻めていたにも関わらず取れなかったと首をひねること請け合いです(でも、よく練習しているのでネタばれかもしれません)。こうして相手のペースを崩すのです。丙くんは、どうも払いがあまり真っ直ぐでないのです。肘から出て肘を支点に取りに来ているので、何か払いが2段階払いといった感じで、たとえ取りが早くとも、余分な1テンポがあり、違和感を持ちます。それに払いの時、無駄なところに力が入ってことが多いようです。力を入れれば払いが早くなるわけではないのです。乙くんのように一見力を抜いているような払いのほうが、実は無駄なところに力が入らず、スピードが出るものです。力を入れて払いにくる相手の手をかいくぐり、力を抜いているにも関わらず、サラッと取ってしまうことに快感を覚えませんか。ポイントは、「硬質な相手のかるたに対して柔らかく取る」ということです。

  次は、丁さん。丁さんは、小学生のころからのキャリアの持ち主でA級選手です。大学選手権や職域・学生大会で見せた活躍は記憶に新しいところです。キャリア1年の乙くんには荷が重い相手であることは確かです。しかし、丁さんは「お手つき」爆弾を抱えています。練習の時は、結構出るのです。乙くんが勝機をつかむためには、お手つきを相手にさせることです。勿論、自分がしないことは大前提ですが…。まず、乙くんは敵陣をとって、友札を別けましょう。こうして、お手つきのタネをふやします。まあ、乙くんの場合、自分が好きな札以外、敵陣を攻めにいかないことに問題があるわけですが…。相手は、鬼攻めの人です。攻めがすごすぎて、自陣への戻りがスムースにいかないことが、結構あるのです。こういう時は、相手がはやく攻めにきていても、乙くんの遅れがちな攻めでも通用するのです。乙くんも敵陣を取ろうという意志をもって練習に臨んでください。そして、乙くんは、序盤において、自陣で早いという場所を相手に認識させます。相手は確実にそこを攻めてきます。相手の早いところをより早く取って、粉砕するのが身についたかるたなのです。相手がそこを攻めることを前提に、相手がお手つきしそうな札をそこに置いておきます。そして、相手が攻めてくる場所の札は、乙くんは相手に取ってもらってください。相手がよほどシクッた時に拾えればいい程度と思いましょう。そのかわり、ほかの場所を取るのです。言うはやすく、行うはかたしです。絵に描いた餅ですが、何もポリシーなく負け続けるよりは、こうした工夫をしてみるのもよいでしょう。本当は、乙くんが正攻法でわたりあえる力をつければ問題ないのですが…。なお、相手が、決まりまで聞いてから手を出す安全策で来たら、上記の方法はアウトです。感じをためて、聞き分けてからといっても、払いのスピードはおそろしいものがあります。払いのフォームが身体に染み込んでいるというのは、まさにこういうことをいうのでしょう。ただ、そんな安全策をとらないところが丁さんのかるたの魅力であるわけですが…。ポイントは「遅くとも攻める」ということです。

  3人めは、戊くん。こちらもキャリア豊富なサウスポーのA級選手です。しかし、彼のかるたには、ムラがあります。練習の時は、1試合の中で、集中力が切れる場面があるのです。そして、戊くんは、君と練習で取る時は、はっきりいって油断しています。悪い言葉でいえば「なめて」ます。本人は否定するかもしれませんが、どうも傍で見ているとそう見えるのです。けれども、ここが、乙くんがつけ込む隙なのです。相手のダレ場こそ、乙くんが集中力を発揮する勝負所です。この時に、二・三枚を素早く取れば、相手は「あれっ」と思いつつ、「気を入れなきゃ」と考えるのですが、一度ダレルと立ち直るのには少々時間がかかるのです。もう二・三枚あきらめるつもりで、「むすめふさほせ」から「あ」まで暗記を入れ直すくらいのことをやる必要があるのです。当然、そんなことはせずに乙くんに早い払いを見せつけてやろうと勢いこんできます。この時、相手がお手つきする可能性は高くなり、乙くんが力まずにヒョロッと取れる可能性も増すのです。自陣だったら左、敵陣だったら敵の左上段と左右の中段なんかが狙い目です。相手を熱くさせることができればしめたものです。いわゆる格下相手に平常心を失うと泥沼が待っています。このまま終盤になだれこめば、乙くんの勝機は多いにあります。以下に記すことは、目先の一勝にこだわるだけの方法で、将来正統につよくなろうと思うならばやるべきではない作戦です。実行しない方がいいとは思いますが、、、、、。もしも、戊くんに乙くんがどんな形であれ一勝することが、将来に有効だと決心したら、捨て身のつもりでやってみてください。戊くんの集中力を最初から削ぐ方法です。彼は、最初から乙くんをなめています。乙くんは、さりげなく札を一生懸命覚えて、それでいて、暗記時間中に席をたった彼が戻ってきた時に何気なく話しかけるのです。まわりで練習している人達の手前もあるので、世間話はできません。かるたに関係のある話題をするしかありません。右下段の札の場所を一枚くらいかえて、相手にそのことを告げ、一言添えます。「戊くん、最近右下段の札が全然とれなくなっちゃって…。何故だろう?」これを無視するようなら、この作戦は失敗です。乙くんは夢中に取るしかありません。しかし、応じてきたら、彼の集中力は切れます。そして、試合が始まって取られたら「ぼやき」ます。「あ〜ぁ!」とか「感じないなぁ〜」とか言ったり、溜息をついたり、、、。そして自分が取ったら、「ラッキー!」とか「拾えたょ〜」と言います。きっと油断して、チャンスをくれることでしょう。この時、しゃべる自分の集中力を切らさないことが肝要です。自分で集中力を切らしていたら、「策士、策に溺れる」です。対戊作戦のポイントは「さりげなく取る」ということにしておきましょう。

  4人めは、己くん。彼も丙くんと同じく、乙くんとほぼ同時期に始めた口です。しかしながら、この3人の中では一番強くなってしまいました。なにせ、あの丁さんをして「苦手」といわしめるのですから…。いったい、丁さんに何連勝しているのでしょうか。己くんの特徴は感じの速さにあるでしょう。特別に速いとは思いませんが、ナチュラルに速いと思います。欠点は、感じで取る人にありがちな「お手つき」です。また、序盤の暗記にも安定性がないと思います。彼との勝負で大切なのは、序盤です。序盤で差をつけて、彼が反撃に出る中盤で、ほぼ同数の割で取れば、はやく追いつこうと気合を入れすぎて「お手つき」してくれます。最後は、追い上げられますが、あわてずに枚差の貯金の利をいかせばよいのです。乙くんは、お手つきしてはいけません。こちらがお手つきすると生き返ります。終盤に枚差の貯金があまりないと、決まりが短くなってお手つきをする可能性のある札が減っている分、感じの速さの差が出てしまい最終盤で逆転されます。ポイントは、「スタートダッシュ、先行逃げ切り」です。

  おしまいは、私こと「甲」への勝ち方です。甲の特徴は、あの真ん中にズラズラ並ぶ上段にあります。甲の上段、真ん中から右は結構速いし、あまり速くない上段左には3字や4字といったお手つきを誘うような札がならんでいます。ここを取れば、甲はペースを崩します。そして、甲の左下段は飾りで置いてあるようなものです。遅く攻めても取れます。あわてないで取りましょう。たぶん、それでも今の感じでは、終盤までせるだろうと思います。甲はお手つきが少ないのが取り柄みたいなものですから(単に感じが遅いだけという人もいますが…)、乙くんは、せっている終盤では絶対にお手つきをしないことです。そうすれば、終盤を苦手としている甲のことですから、乙くんに勝利がころがりこんでくることでしょう。ポイントは「敵の上段を取る」ことです。

  さあ、ポイントは整理できたでしょうか。最後に、乙くんの特徴を活かすための提案をしたいと思います。

1)集中力アップ。
2)遅くとも敵陣を攻めることを忘れない。相手が払い終わったあとでも、自分のスピードで払うことを実践する。
3)乙くんのかるたの特徴である「柔らかい、さりげない取り」の実現のために、甲と同じように自陣上段真ん中に札を多めに置く定位置にする。

  3)は、まったくの私の独善的すすめですが、乙くんには合っていると思います。ぜひ、検討してみてください。

  私は仕事が忙しいため、この秋、練習にあまり顔を出せませんが、この過ごしやすい季節は、練習に勉強に励んでください。大会での活躍をお祈りしております。草々

解説

 この手紙シリーズはフィクションであって、あくまでも架空の甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸くんたちへのメッセージである。別に世間に対してある特定の人物の攻略法をばらしたわけではないし、乙くんを「えこひいき」しているわけでもない。もし万一、自分が該当していると思ったら、自分のかるたを振り返るヒントにすればいいということである。自分の攻略法を自分で考えるのも、自分のかるたをよりよくするための良いトレーニングになると思う。
次の手紙へ        前の手紙へ

手紙シリーズのINDEXへ

次のTopicへ        前のTopicへ


トピックへ
ページターミナルへ
慶應かるた会のトップページへ
HITOSHI TAKANOのTOP PAGEへ

Mail宛先