"競技かるた"に関する私的「かるた」論

番外編

"ものさし"論

〜好不調や実力をはかるもの〜

Hitoshi Takano Nov/2015


 自分の競技かるたの実力をはかるものとして、TOPICのコーナーで、対A級の戦績をとりあげたことがある。 (参照:実力のバロメーター
 ただ、この数字はある程度の期間ないし対戦数を確保しての評価であった。実力をはかる"ものさし"で あることは間違いないが、瞬間的にはかれるとは言い難い。
 試合にでて、自分の出場クラスでどのくらいの成績を残せたかというのも一つの"ものさし"と言えるが、 一回戦で優勝者にあたって負けてしまった時と、結果としての上位4強にあたらずにベスト8まで進んだ 時を同列に比較できるかといえば、運も含めての総合力の"ものさし"とは言えるかもしれないが、競技と しての実力をはかる"ものさし"としては、扱いづらい"ものさし"と言わざるをえない。
 だいたいにして、競技かるたは、相手との一対一の競技である。その結果は相手との相対的な関係で 作用される。徒競走であれば、相手との勝敗という相対性のほかに、何メートルを何秒で走ったかという 絶対性のある"ものさし"が存在するので、きわめて瞬間的に実力や好不調をはかれるのである。
 競技かるたの場合、自分の力が一定量発揮できたとしても、相手の好不調で勝敗が変わる。自分の実力と 相手の実力という比較要素に、自分の好不調と相手の好不調という比較要素が入るので、相手との勝敗や 枚差といったものを"ものさし"とするのは、非常に難しいのである。

 好不調の波がなく、常に安定した一定の実力でかるたを取ってくれる選手がいれば、自分との練習で 何枚差の勝利・敗戦ということで、自分の好不調も実力もはかれるという"ものさし"になるのだが、 なかなかこういう相手を見つけるのは難しい。
 若いときならば、練習すればある程度は右肩あがりに実力があがるだろうし、練習をやめて時間の 立つ年配の選手は実力がさがっていくであろうから、この"ものさし"にはなり難い。
 この相手と取っただけで、その結果からだいたい自分のその時の好不調や実力が判断できるという 選手はなかなか存在しないのである。

 そういうふうに思われてしまう選手にも忸怩たる思いがあるだろう。自分は、まだまだ強くなれる と思っているのに、「"ものさし"として最適の選手ですね」と言われるのは、決して褒め言葉では ない。そうはいうものの、マラソンのペースメーカーなどを見ていると、彼らはそれなりの実力が なければ勤まらない選手たちである。実力が伸びないまでも実力をおとさずに一定の力量を保ち 続けていることにもっと誇りをもってもよいのかとも思うのである。

 では、"ものさし"たりうる選手の必要要件は何か、また、一般的なプロフィールはどのような選手か 考えてみたい。

 好不調の波が少ないという点を考えれば、「お手つきが少ない」ということは大事な要素だろう。 これを考えると「感じ」のはやさで取るタイプではなく、聞き分けや払いのスピードで取るタイプ ということが言えるだろう。聞き分けたときの標的の札からの逃げのテクニックなど、一定のスキル をもっている選手がのぞましい。
 暗記の抜けや暗記違いがないことも大事な要素だ。攻守のバランスが取れていることも必要だろう。 「攻撃一辺倒」や「専守防衛」タイプは、札の出によって「波」が生じてしまう可能性があるからで ある。
 過去の実績としては、B級三段以上はほしい。そのくらいあれば、練習量が減って、多少、実力が 落ちているとしても、練習の質と頻度によって、ある程度の力を維持できると考えるからだ。また、 相手としても、このくらいの実力をKeepしていてくれないと、"ものさし"としてではあっても練習 相手として物足りないからである。
 さて、上記のような要件を兼ね備えた選手のイメージというと、高校3年間もしくは大学4年間 (もちろん一般会での一定期間でもいいが)、バリバリ練習してきて、ある程度の実績を残した 選手となる。さらにその中で、現在は月に数回程度の練習で、選手としての感覚を忘れないように 力を落とさないように練習しているイメージである。もちろん、「感じ」のはやさで取るタイプで はなく、暗記にムラがなく、攻守のバランスのよい選手という条件を満たしていなければいけない。

 このように"ものさし"として活躍できる選手と練習すれば、ある程度自分の好不調や実力のアップ 具合が見えてくる。一回でも勝てれば初段(C級)格、二桁差で勝てれば二段(B級)格、十五枚差以上で 勝てれば、A級にあがれる力がついているというような判断基準もあるだろうし、前に取った時、 ○枚差で勝ち(負け)だったのが、今回は×枚差だったということで、好不調を判断することも 可能だろう。
 特に新入生の実力アップ具合を見るのには最適だし、学窓を去った選手が久しぶりに練習に参加した 時に、その時点での実力をはかるのにも最適だろう。
 各かるた会に一人はこういう選手がいると重宝する。
 しかし、本人にさとられてはならない。こういう選手は往々にして、自分はまだまだ発展途上で 強くなる過程にいると思っているからである。

 私自身も、ときどき自分のかるたを"ものさし"にして後輩たちの実力や好不調を推し量ったりして しまうが、どうせ"ものさし"となるならば、もっともっと厳しい"ものさし"となるべく自己研鑽を していきたいと思っている。
 
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