"競技かるた"に関する私的「かるた」論

番外編

「暖簾わけ」考

〜会の分離・独立〜

Hitoshi Takano Jun/2018


「暖簾わけ」
 広辞苑を引くと「暖簾を分ける」で「長年忠実に勤めた奉公人に、店を出させて同じ屋号を名のることを許すこと。 その際、資本を援助するとか、商品を貸与したり、得意をわけたりする。」とある。また、インターネットで英訳を調べてみると 「A franchised business」と出てくる。フランチャイズビジネスとはわかりやすく、かつ現代的である。しかし、日本における 歴史的・慣習的な「暖簾わけ」のニュアンスからは随分と離れているようにも感じる。



 商家の「暖簾わけ」に近い事例は、さがしてみればいろいろあるだろう。ここでは、厳密な意味で「暖簾わけ」ではないのだろうが、相撲界の部屋の独立というのも、「暖簾わけ」に準ずるような事例のひとつであろう。私のイメージでは、昭和も後半の話となる。当時の相撲界で「二所ノ関一門」は、そこで育った力士が引退したあと、新しい親方の分離・独立をも認めて、新しい部屋をおこし、一門としての勢力を広げていった。二所ノ関部屋から独立したケースもあれば、二所ノ関部屋から独立した部屋からさらに独立した部屋もあり、一門としての勢力は拡大していった。「花籠部屋」や「二子山部屋」など阿佐ヶ谷の地に部屋を構え「阿佐ヶ谷勢」といわれた部屋も一門としては「二所ノ関一門」に属していた。
 このころ、対照的に「出羽の海一門」は、分家独立を許さずの方針であった。現在とは異なる状況だろうが、当時はそうであった。「出羽の海部屋」「春日野部屋」「三保ヶ関部屋」の三部屋が、「出羽の海一門」であった。有名なのが横綱千代の山だった九重親方の出羽の海部屋からの分離独立問題である。分離独立にいたる背景には、部屋の後継問題などがあったといわれるが、分離独立の不文律をおかして「九重部屋」を立ち上げたのだ。親方と親方に付き従う弟子は出羽の海部屋を「破門」となって、「高砂一門」に受け入れられた。この弟子の中には、のちの横綱北の富士勝昭(現、NHK相撲解説者)もいた。
 いわゆる商家の「暖簾わけ」にも、九重部屋独立問題のようなトラブルはあるだろう。もとの店から認められて、サポートを受けての独立は「暖簾わけ」といえるが、もとの店の承認をえないままの独立は「暖簾わけ」とはいわないのだ。

 ここまでながながと書いたが、競技かるた界における「かるた会」においても、「暖簾わけ」問題というか「会」の分離独立の問題がある。この場合、商家における「暖簾わけ」というよりは、相撲界の一門というか部屋の分離独立という問題に近いものがあるだろう。
 実は、過去において、私のかるた小説の中でこの会の分離独立問題を取り上げた作品がある。 (参照 : 「むべ山風を」)興味のある方はこちらもご覧いただきたい。

 今回、“「暖簾わけ」考”と題して書き始めたのは、身近に相談を受けたことがきっかけであった。
 昨今、高校のかるた部と卒業生(OB・OG)などからなる会が、(一社)全日本かるた協会(以下、「全日協」と記す)の傘下団体としては別組織とするケースもある。たとえば、「富士高高嶺会」は以前は現役も卒業生も全日協の傘下団体としては一つの会であったが、現在は、富士高百人一首部と高嶺会で別々に登録している。
 富士高のケースがどのような理由であったかは聞いていないが、高校の部と卒業生組織を分けるには一理あると考える。全日協の一般社団法人化にあたり、正会員は成年、未成年者は准会員となったことで学校教育の現場に密着している高校の部活動と主に成年主体である卒業生の活動とわかれたほうが活動しやすいと考えるからである。こうしたケースの分離独立は平和裡な分離独立と言えるだろう。まさに「暖簾わけ」と言って差し支えないだろう。
 では、大学のかるた会においてはどうであろうか。

 大学のかるた会とは言ったものの、私にとって一番身近な「慶應かるた会」の話をするしかない。
 実は「慶應」の暖簾をかかげる全日協の傘下団体は、現在二つある「慶應かるた会」と「慶應湘南藤沢かるた会」である。前者は、従来からの団体で、現役の大学生もOB・OG(卒業生)も、全日協に登録する際の所属会にしている。学生の中には入学前に所属していた一般会所属のままのものもいれば、OB・OGで卒業後一般会に移籍するものもいる。
 後者は、慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部(以下、「SFC中高」と記す)の歌留多部を母体とした団体である。現役の中高生と慶應義塾大学を卒業したSFC中高のOB等が所属している。
 SFC中高で競技かるたを部活で始めた頃は、まだ、初段になる選手もいなかったが、活動が続くうちに初段を申請できる生徒が現れてきた。そこで、当初はすでに全日協の傘下団体として存在していた「慶應かるた会」で初段申請していた。しかし、SFC中高の実力もアップし、有段者が増えるにつれ、いちいち大学生中心の「慶應かるた会」に手続き等を依頼するのも心苦しいという一面もあり、SFC中高の教員を会長として、「慶應湘南藤沢かるた会」として分離独立したという経緯なのである。
 当初、全日協登録が「慶應義塾大学かるた会」でなく「慶應かるた会」であったことは、中高生の登録を同会が行うことのハードルを低くしたものとして、将来的には他の一貫校(一般的にいうところのいわゆる付属の小・中・高)でも同様の案件がでてきたときに使える枠組みだと思っていた。
 しかし、教育の現場に近いところで、年齢差もあることから、現場で全日協への傘下団体としての登録をしてくれたことは結果としてよかったと思う。気になっていたのは継続性の確保だったが、それも教員とともにOB・OGが関わってくれればうまくつながるように考えている。
 これも「慶應」という暖簾をうまくわけたケースと言えるだろう。

 さて、ここにもう一つ職域学生大会に出場するチームとしての「慶應義塾教職員チーム」というのものがある。これは職域団体のチームとして「全国職域かるた連盟」の傘下団体として登録しているもので、 全日協の傘下団体ではない。慶應義塾内では、教職員の福利厚生施設を使うための任意団体としての「慶應義塾職員かるた会」 (通称:CPS)であり、団体規約には「第9条(個人の競技活動)個人単位での競技活動については、個人の責任とし、本会は関知しない。したがって、個人単位の競技活動において一般社団法人全日本かるた協会傘下の団体に所属しなければならない場合、その所属団体は個人の選択に委ねるものとする。 」とある。
 「慶應教職員かるた会」として、独立して全日協傘下団体として登録してはという声も、新入会員から出てきたが、団体規約の趣旨から言っても、あくまで自分の望む所属会に属する会員の集合体としての任意団体であるほうが動きやすいし、教職員からの勧誘がしやすいように考えている。

 昨今の漫画・アニメ・映画による「ちはやふる」ブームから、大学生の現役会員は百人を超えている状況である。練習の際の混雑も考えるとOB・OGが通常の現役の練習に顔を出しにくくなっているのは確かである。こうした現状をふまえ、現役の大学生を中心とした「慶應かるた会」とOB・OGで大学卒業後も競技を続ける卒業生中心の会と分離したほうがそれぞれに活動しやすいのではないかという意見もある。ちなみにOB・OG会は任意団体として「三田かるた会」という名称で活動している。
 「三田かるた会」を全日協の傘下団体として登録する可能性はないのであろうか。

 思うに「三田かるた会」は、OB・OGの任意団体としての約30年の歴史をもつので、競技団体・競技組織としての名称には馴染まないのではないかと考える。おそらく、多くのOB・OGが違和感をもつのではないだろうか。
 そうするとOB・OGの受け皿となる全日協に登録する競技組織としての名称は、別途考えたほうがよいだろう。たとえば、過去に大学で競技をやっていたというニュアンスをだすために「慶應いにしへ会」などの名称もあるのではないだろうか。

 現状を維持するにしても、分離独立するにしても、しかるべきところでの様々な観点からの議論は必要だろう。
 名称なども含めて、きちんと「暖簾わけ」の議論をすべきである。
 たまたま思いつきで「慶應いにしへ会」などと書いたが、「いに」の下の句は「けふ九重に…」である。相撲界の「九重部屋」の分離独立のように「暖簾わけ」といえないような状況にはなってほしくない。
 個人的には「二所ノ関一門」方式でよいとは思うが、まずは、提案者からの然るべき問題提起を望みたい。



ネーミング案
 本文では「慶應いにしへ会」などと書いたが、「慶應○○会」と「○○」にあてはめる名称を考えるのは面白い。
 百人一首にちなんだものから、他の古典によるものまで、はたまた和歌にはまったく関係ない言葉まで、いろいろあてはめてみる作業をしてみていただきたい。私なりに考えた事例をいくつか紹介してみよう。

 しのぶ会…「偲ぶ」のイメージで、昔日を偲ぶというOB・OG的な雰囲気がでるのではないかと考えた。
 くれなゐ会…現在のブームをつくった「ちはやふる」に敬意を表して。
 山風会…上記で紹介した小説からとってみた。
 山桜会…大僧正行尊の「もろ」の札のイメージ。
 墨染会…大僧正慈円の「おほけ」の札のイメージ。
 都鳥会…伊勢物語の世界観。「なにしおはばいざ言問はむ都鳥わがおもふ人はありやなしやと」。
 言問会…同上。
 城南会…慶應のカレッジソングの「慶應讃歌」の歌詞の中にでてくる「城南」の語をチョイスした。「城東」を意識したわけではない。
 丘の上会…慶應のカレッジソング「丘の上」からタイトルそのままで。
 自尊会…「独立自尊」の言葉から。

 「やまかぜ」「やまざくら」「みやこどり」「こととひ」は、平仮名表記のほうがよいかもしれない。


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