左下段論
Hitoshi Takano MAR/2010
はじめに
私は以前
「左下段の陥穽」という小説を書いたことがある。
きっかけは、自陣の左下段の取り方で先輩から教わったことや、自陣・敵陣
の左下段にまつわるエピソードを団体戦の4試合の流れの中で各回戦ごとに少しず
つ紹介しようと思ったことにある。もちろん、それだけではなく、架空の一人の選手の
競技かるたとの関わりや、思い出話なども絡めて構成している。
その時の私にとって、小説を書くという創作意欲を起こさせるような何かが左下段
にあったということである。
左下段は、競技かるたでそれほどに面白いところなのである。
私の後輩には、自陣の左下段の払いの練習(素振り)が癖になっているような人物
もおり、人と話す時に手が左に動いていたり、畳に座るとすぐに左下段を素振りして
いたりした。
また、競技かるたの初心者は、払いの練習でうまく払えずに苦労することが多い
が、中でも右利きの場合、左下段は払いづらいようで、意識して練習する傾向が強い
ように思う。
さて、ここでは、両者右利きという前提で左下段について述べたいと思う。左利き
の考え方については、サウスポー論を参照された
い。
下段としての左下段
左下段の特徴として、ひとつに「下段」であるということがあげられる。「そんなあたり
まえのこと!」とお叱りを受けそうだが、下段であるという事実から話しをおこさない
と話しが進まない。
下段であるということは、相手から最も遠い段であるということである。
このことは、攻める上でも、守る上でも認識すべき点である。
攻守は表裏一体なのだが、まずは、敵陣を攻める立場から考えてみよう。
敵陣の一番奥を攻めるには、相手からは近く、自分からは遠いという彼我の差を
考え、相応のスピードが必要になる。当然のごとく、体の重心の移動、腕の出方、
手の出し方も、相手の左下段に向かうことになる。相手の左下段が6枚以上あれば
内側の札については、払うという感覚よりも札に対して真っ直ぐに突くような感じ
で手を出すほうが有効であろう。ただし、相手の左下段の札の枚数が減って、左
下段自体が短くなった場合には、自陣の手の出る場所からは、外側の札にいくに
したがって、角度がつくことになる。出札に真っ直ぐに出ていくにしても斜めに
入っていく形になる。個人の手の出し方の特長にもよるが、そうすると突くという
感じよりは、払うという感じになるだろう。
いずれにしても、遠い札をとりにいく分、勢いという要素も加わり、それ相応に
体の重心の移動がなされることとなる。
これは、本論での大きな要素になるので、要素Aと名づけておこう。
次に守る立場からはどうであろうか。
敵陣から最も遠いというのは、何よりもメリットである。そして、自分からは
最も近い。構えた時の手の位置からの近さは、何枚札が並べられているかにもよ
るが、特に6枚以上並んでいれば、内側の札は非常に近いといってよい。
したがって、内側に大山札や決まり字の長い札などを置いて囲って取る選手も
あるし、内側に1字決まりを置いて、わずかの移動距離ですばやくとる選手もいる。
ある程度、札が並んでいればいいのだが、左下段の数が少なくなっていくと結構
払いにくくなる。
一つには敵陣を攻めに出ようと手が出てしまうあとに左下段の札ということで
戻り気味になってしまうことがある。3字決まりくらいならば、少し敵陣攻めに出て
戻る感じで3字のタイミングに合うこともあるが、手の出具合によって、2字決まり
や1字決まりでは、札に対して真っ直ぐではなく弧を描くように遠回りして戻らざる
をえなくなり、遅くなってしまう。
自陣の左下段の取りは、肩をストンと落とすような感じで真っ直ぐに払うと習う
のだが、これが結構難しい。だから、日頃からの素振りの練習で、感覚を忘れない
ようにしなければならないのだ。
攻めのところで述べたが、相手が真っ直ぐに突くように出札から手を伸ばしてくる
と一番内側からの札押しだと相当に初速が早くないと相手に取られてしまう。スピード
アップも大事であるが、相手の手を自分の手でブロックし札を取るテクニックも左下段
を守る大事な要素である。
左下段を押え手で相手の手をブロックしている人がいたら、それは一つのテクニック
なのである。そこには、相手からは遠く、自陣からは近いという、距離の利が巧みに
いかされていると考えてよいのである。
右に対しての左下段
左下段というからには、これに対応する概念として右下段があるというのも、また、
当り前の指摘とお叱りを受けるかもしれない。
まずは、自陣で考えてみよう。
左下段はまさに自分の体の左側にある札である。もし、自陣の左下段と右側に友札を
わけて置いておいたら、あなたは、どちらから払うであろうか。
本来の定位置から払うという人もいるだろうし、札によって優先順位を決めていると
いう人もいるかもしれない。いずれにしても、自陣における渡り手になる。
自陣の渡り手は左から、右と決めているという人もいれば、自陣の渡り手は右から左と
決めているという人もいるかもしれない。また、先に感じたほうからとか、敵の動きを
いち早く察知して、敵より早く敵の狙いのほうからという人も中にはいるかもしれない。
こういう人であれば、敵の攻めより早く行けないと予測されれば、とりあえずその逆から
いっておこうという選択肢もあるだろう。
ただ、実際に左下段と右下段に札をおいて、左下段を払ってからの右下段と右下段を
払ってからの左下段をためしてみていただきたい。
どちらが、早いと感じるだろうか。それぞれ下段に何枚札があるかという要素で、若干
変わるかもしれないが、それぞれ一番外側に置いてあったとしたら、左から右の順のほうが
早いと感じないだろうか。
自陣の下段であっても、手だけで払っているわけではない。スピードを乗せるには体の
重心を移動させて、バランスを変化させているのである。おそらく、その体の使い方から
いえば、左→右が楽であるし、理にかなっているのであろう。
自陣であってさえ、そうであるならば、要素Aのある敵陣においては、なおさらであろう。
さて、敵陣においては、敵左下段というのは、自分から見て右側であり、敵右下段が左側
である。敵陣の下段の両端に友札を置いて、渡り手をしてみてほしい。
自分から見て左側の敵右下段→敵左下段のほうが、自分から見て右側の敵左下段→敵右下段
よりも、重心移動が楽ではないだろうか。
敵左下段を攻めかけてからの敵右下段への攻めは、しばしば、バランスを崩して回転レシー
ブのようになってしまうこともあるのである。
この重心移動の流れが、右に対しての左下段という指摘のポイントなのである。
まとめ
さて、では最後にまとめとして、攻守の連携の中で左下段をみてみよう。
現代の競技かるたのメインの攻防ラインは敵陣と自陣の右下段対角線ラインである。今まで
の記述からもわかるように、敵陣の右下段(自分から見たら左側)にまず攻撃のポイントを
おけば、重心移動は、敵陣の左の水平ラインにも、自陣の左下段の縦ラインにも、自陣の右下段
の対角線ラインにもわりと自然なのである。ところが、敵陣の左下段(自分から見たら右側)に
まず攻撃のポイントをおくと、先に述べた要素Aの影響で、敵右下段への水平ラインは出遅れて
しまう。まして、自陣左下段の対角線ラインは、もっと悲惨な遅さになってしまう。この水平
ラインと対角線ラインを意識するとすれば、要素Aの重心移動をセーブせねばならず、敵の左下
段への攻撃自体が遅くなってしまうのである。敵左下段への攻めからの方向転換で、重心移動上の
無理が少ないのは、唯一、敵陣左から自陣右への縦ラインであろう。
双方の右下段間の対角線ラインの攻防に重みがませばますほど、そこでの優劣がつかない
場合には、左下段の持つ意味が重みを増すものと考えられる。特に攻撃の重要性を意識するので
あれば、敵陣の右下段の攻めのスピード向上とともに、敵陣左下段への攻めをも磨いておく必要
がる。右対角線の重要性に負けない戦略的な重要ポイントであると考えてほしい。
種村永世名人は、自陣の左下段を守ってから、敵陣の左下段を対角線に取る“クロスファイ
アー”という技を持っていた。重心の移動を理にかなう方向で、なおかつ、攻めから守りという
現代かるたのセオリーに守りつつ攻めるという要素を加えたのである。
今後も、右下段の取りに加えて、特に終盤においては、左下段の取りのスピードと技術の優劣
は、勝敗を決する大きな要素となることであろう。
敵陣左下段からの他方面への方向転換を含めて、自陣の左下段も取り方などにおいても、日頃
から訓練を疎かにしてはいけない。
本論で述べた、下段という意味、右に対しての左ということの意味を練習において意識して
いただければ幸いである。
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