大僧正慈円

おほけなく浮き世の民におほふかな
   我が立つ杣に墨染の袖


決まり字:オーケ(三字決まリ)
 作者の慈円は、「わたのはらこ」の作者、法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)の子であり、 「きりぎりす」の作者、後京極摂政前太政大臣(藤原良経)は甥にあたる。百人一首中の長い名前 の作者たちとの係累である。
 慈円自身は、史論書「愚管抄」の作者としても有名であるが、四度も天台座主の座についたこと でも有名である。
この歌も、天台座主としての仏教者の思いを詠んだものである。
 天台宗の開祖、伝教大師最澄が比叡山の根本中堂建立の際に詠んだといわれる「阿耨多羅三藐三 菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだいの)の仏たちわがたつ杣に冥加あらせ給へ」という歌を ふまえている。「阿耨多羅三藐三菩提」とは「無上の智恵」「最上の悟り」というような意味で ある。また、「冥加」は「神仏の加護」のことである。「わがたつ杣」は、天台宗の本山である 比叡山のことを指す。
 「墨染の袖」は法衣であるとともに「住み初め」を掛けている。
 百人一首に僧侶は多いが、仏教者として世の民の安寧を願うようないかにも衆生を救済する意味 での僧侶らしい歌は、この慈円の歌だけのような気がする。そういう意味で、定家の撰歌意識が どこにあったのかはわからないが、百首の中で、異彩を放っているように感じる歌である。


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2008年3月  HITOSHI TAKANO