「スダレ置き」と呼ばないで!

Hitoshi Takano Apr/1999

私が大学生時代に、京都の本隆寺を会場とした大会で数人の方が、基本的には左右3段にだいたい 同じ枚数をわけて並べる配置ではあるのだが、札と札との間をつけずに数ミリあけて並べる並べ方 をしているのを見かけた。出札に直に取りに行くことを目的とした並べ方だと直感した。

そのころの慶應では、左上段を中央に寄せて離して置く先輩こそいたが、あとは左右にわけて 札をぴったりつけて並べる人が多かった。新入生の時に、札は左右にわけて、それぞれの札 はくっつけて並べるように教わった私としては、この京都で見た札をすべて一枚ずつ離して置く置 き方がすごく新鮮に感じた。当時、早稲田のある先輩は、札をくっつけたり離したり、離し方も広 めあり狭めありの何か幾何学模様的に並べていたが、この人は特殊な並べ方の人だというイメージ だった。この人の並べ方を誰が呼んだか「虫喰い」と呼んだものだった。

同じ時期のことではあるが、慶應の練習場の一つに大聖院というお寺があった。ここの練習場 は畳の上に絨毯が敷いてあった。練習といって絨毯をはがして練習するわけにもいかないので、絨 毯の上に札を並べて練習していた。絨毯の上だと札押しで取ろうとすると手前の2枚くらいは跳ん でくれるが、肝腎の出札が残ってしまう事態がしょっちゅう起った。また、札の払い方によっては、 出札から直接払っても、札が動いてないことさえあった。こうしたことは、ここまでひどくなくて も柔道場の畳の上でかるたを取る時にも、しばしば起った。

定位置を模索し、札の並べ方に思いをめぐらしていた当時の私は、大聖院の練習のために、札 を一枚一枚離して置くようなことを試してみた。とりあえず、出札から直接行こうという気持ちの 表われにすぎなかった。すべてを離して置いた時もあれば、一部はくっつけて、一部は離して置く ということもあった。こうしたことをくりかえしているうちに、相手も出札から直接行かなければ ならないという気になるのだろうか、結構相手が一枚外側の隣の札から行って、その払い残しを拾 うという体験をした。自分の感じが遅いことを反省もせず、悔しがる相手を見るのが快感になると いう弊に陥るのは時間の問題だった。こうして、私は自分自身で勝手に名づけた「大聖院シフト」 という、札をそれぞれ離して置く方法を普通の畳の上の練習の時も始めるようになった。そして、 卒業してのち、腰を痛めたり、体重の増加を迎えた私の定位置も並べ方も、変貌していく過程の中 で、一部を除き、大部分の札はつけずに数ミリから数センチを離して置く方式は固まっていった。

卒業後数年して、夏休みがうまく取れたので早稲田の夏合宿に参加した時のことだった。都留 文科大学のかるた会の学生がこの早稲田の合宿に来ていた。その中の一人と私は練習で対戦した。普 通の畳の上だったが、私は「大聖院シフト改」を採用していた。私はこの初顔合わせの相手に勝つ ことができたのだが、試合後に『スダレ置き』をされたので取りにくかった」という内容のことを 言われたのだった。「スダレ置き」という耳慣れない言葉に出会ったのは、この時が初めてだった。

「そうか。この並べ方には『スダレ置き』という一般名称があったのか…。」と思ったが、ど うも、この「スダレ置き」という名前がしっくりこなかった。

 

どうか「スダレ置き」と呼ばないでほしい!


私が「虫喰い」と呼んでいた並べ方も、当事者にしてみれば「『虫喰い』と呼ばないで!」と 思っていたかもしれない。「スダレ置き」ではない、何か良い名称があるのだったら、是非教えても らいたいものだ。まあ、自分自身の中では、「大聖院シフト」なのだが、それでは一般には通用しな いから…。

最後に、この基本的に一枚ずつを離して置く方法の私としての狙いを述べておこう。

狙いは、「出札から直接取ること」。これが第一義である。競技かるた選手も強い選手は、基本 的にアーチストだと私は思う。別に札を一枚一枚離して置かなくても、出札から取りにいくことを信 条としているだろうが、離して置いておくと余計に出札から取ろうと意識することだろう。この意識 が勝ち過ぎれば、かえって手がとまったり、隣から払ってしまうこともないとはいえない。そうした 時に、遅くても私が拾えれば、それが勝負の綾となることもないとはいえない。

こういう僥倖をわずかでも期待するようでは、私はそこまでの選手に過ぎないのかもしれない。 だが、何が起るかわからないのが、競技かるたであると私は思う。直球にスピードのないピッチャー だって、軟投派で活躍できるのである。ボール球を振らせる技術だって立派な技術なのだ。競技かる たにだって速球派もいれば軟投派もいる。バラエティーに富んでいるからこそ面白いし、違う個性が ぶつかるから面白いのだ。

(おまけ):スダレ置き攻略方法
札から直接行こうなんて考えず、出札の手前だろうがなんだろうが、二段払い・三段払い辞さず で、数枚の札を勢いでバサーッと払ってしまうこと。私は、このデリカシーのない取りが大の苦手で ある。しかし、アーチストを目指す選手は、これをやってはだめである。

あくまで、出札から直接を狙うことである。



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