新 TOPIC
年配者の練習
〜上書き〜
Hitoshi Takano Sep/2026
最近TOPICシリーズも、手紙シリーズも新編を書いていなかった。手紙シリーズは今年の5月が最後となっている。
TOPICも毎年定番の記録系のものにとどまっている。
書く話題が浮かんでこないということもあるが、もう一つ理由があるような気がする。
それは、現在の自分自身の練習状況が充実しているということがあると考える。
そもそも、こうした記事を書き続けてきたというのは、ある意味、練習に行けないとか練習を思い通りにできないという自分自身の不満に対しての代償行為という側面があった。
練習はできないが、競技かるたのことは考え続けているということを何らかのアウトプットとして表現していたのである。
しかし、今は週1回の練習会の運営や毎週3日ほどの練習参加で、十分に満足しているため、練習できない不満を埋めるという行為に切実な必要性が湧いてこないのである。
とはいえ、練習を重ねながら、漠然と頭に浮かんでいることを少々まとめてみようと思い、筆をとった(キイボードに向かった)次第である。
四十数年の在職中、職場の先輩、同僚、後輩の骨折や捻挫などの話をよく耳にした。理由として多かったのは、久しぶりの運動・スポーツをしていてというものだった。
テニス、ソフトボール、フットサル、子どもの運動会での保護者参加種目などだった。
おそらく、その競技などをおこなっていた時(若い時分)のイメージ(記憶)と、現在の体型・体力などにギャップがあり、怪我につながったものだと推測される。
経験のない競技であれば、慎重にもなるかもしれないが、以前経験していたということで、当時のイメージに基づく脳からの指示に現在の身体状況が追いつかなったといったところだろうか。
これは、競技かるたにも通じる。
怪我とまではいかなくても、久しぶりの実戦で、自分が過去に練習量豊富に取っていた時のイメージのとおりの取りができないギャップにとまどうのである。
現役・OB/OG交流練習会などで、私とそれなりに年齢の近い選手の取りを見ていて、構えなどには往年のフォームそのままになつかしさを覚えるが、
実際の取りとなるとやはり、身体を十分に動かし切れていないと感じるのである。
年齢を重ねれば、視力・聴力といった感覚も身体能力も若い時よりも確実に落ちてくる。また、体重の変化や腰痛、膝痛、肘痛、肩痛などもあらわれる。
競技を始めれば、脳は以前のイメージで身体に指示を出すが、身体がその指示のとおりに動き切れないのである。
現在の身体能力に見合うように、脳の指示を修正するには、現状を認識したイメージを意図的に上書きしなければならない。
そして、その上書きを定着させるためには、結局は練習を重ねるしかないのである。
私自身、定年退職し、月平均20試合以上の練習を続けているが、これは、脳のイメージと身体のギャップの修正を日々の練習で脳に上書き(アップデイト)しているということにほかならない。
もちろん、退職前も仕事が多忙であったり、家庭の事情で練習すること自体が困難な時期があったが(コロナ禍の時期も忘れられない)、
それでも、毎月最低1日は練習しようとしたり、それができないときは、職域学生大会前だけでも集中して練習しようと心がけてきた。
十年ぶり・数十年ぶりのかるただとかいうOB/OGに比べれば、脳と身体のギャップの修正の幅はこまめなアップデイトにより小さくて済んでいるといえよう。
シニア選手権に出場できるくらいの年齢から競技かるたを始める選手にとっては、若い時に始めた選手が練習によってギャップを修正するというのは、
練習についての上記の指摘は違うものかと思うが、練習によって「よりよいイメージを定着させる。イメージの上書きをする。」という点では共通するものもあるのではないだろうか。
日々の練習によって、脳のイメージが無意識に身体の動きに反映されるようになることは大事なことである。
そして、身体能力にあった脳のイメージは、練習によって上書きされる。
私自身の若い時の練習は、競技かるたのための身体能力の向上の側面も強かったように思うが、年配者と呼ばれる最近の練習は、
むしろ、現在の身体能力にあった脳へのイメージのアップデイトの側面のほうが強いのだろう。
漠然とした最近の思いを文章にしてみたが、引続き、練習に励んでいきたいという私の意気込みを感じ取っていただければ幸いである。
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