札の移動に思う

Hitoshi Takano NOV/2000

 競技かるたの試合を取り進んでいくと、上段・中段に札が3・4枚ずつ残っていて 下段の札がなくなることがある。こうした場合、「中段を下段に、上段を中段に下げ ます。」と言って、いっぺんに段をずらす人をよくみかける。実は、私は、これがで きない。「できないことはないだろう?」といわれれば、たしかに正しい表現ではな い。「やってやれないことはないが、自陣の札がちゃんと取れない。」と言うべきだ ろう。
 実際、これをすると元中段の札の場合、下段に下げているにも関わらず中段を払っ てしまうし、元上段の札の場合は上段に手が出かけてしまうのが常なのである。暗記 と集中力が足りないと言われればそれまでかもしれないが、別に段ごと下げる必要は ないのである。私も、下段に札がないのは気持ち悪いと感じるので、こういうケース に遭遇したら、上段ないし中段から、右サイドの話だったら左サイドから札を1枚移 動させるだけで事足りる。こうすれば、段を間違えて払うこともあまりない。間違え る可能性は1枚にとどまっているからだ。それに1枚程度だったら、それこそ暗記と 集中力でカバーできる分量だ。
 たとえば、上段に札が3枚あり、中段に3枚の札があったとしたら、それをそれぞ れ中段・下段におろせば、6枚の札を一度に移動したことになる。6枚の移動の確認 と1枚の移動の確認とでは、どちらが容易いだろうか。
 しかしながら、どうも私のこの感覚は、段ごと札を下げる人にとっては、違うらし い。段ごとセットの移動は、それほど苦にならないらしいのだ。それは何故なのだろ うか?
 やはり、こういう人は、段ごとの固まりで札を認識しているからではないだろうか。 札1枚ごとにどちらかというと自分の定位置というその札固有の場所で認識している 私には、段ごとの固まり認識は難しそうである。私のこのような感覚を理解してくれ る方も結構多いのではないだろうか?
 このように札の移動にも、各選手固有の特徴がある。癖ともいえるかもしれない。 これが各選手の個性ともなっておもしろいのだ。

 私が年に数回練習の面倒を見に行く学校の生徒たちは、初級者が多いが、結構札を 動かす。典型的なのは、一字決まりになると必ず、左右どちらかの下段に降ろす生徒 がいる。彼は、同音の札が詠まれて、札が一字に決まるとすぐに下段に下げるのでわ かりやすい。極端なことをいうと、こちらが決まり字を確認していなくても、彼が下 げたら一字決まりになったと思ってもよいくらいである。
 私も初級者のころは、結構これを意識していた。一字決まりに変化した札を中段な ぞに置いておくと、決まりをちゃんと数えていないように思われるのではないかなど と変に意識してしまったものだ。
 また、試合の途中で右に左に札を動かす生徒もいる。理由をきくと、左右のバラン スの問題だそうだ。確固たる定位置が決まっていないのではないかとも懸念してしま う。
 私は、彼らが彼らなりの考えを持って、意思決定しているのだから、自分で納得が いくまでやればよいと思っている。ただ、彼らが敵陣への攻めが甘いことを指摘して いる。敵陣を取って、自陣のバランスが悪いところの札を送れば、それほど自陣の札 を意識しなくてもよくなるということは言う。一字決まりだって、敵陣に送って取り にいけば良い話なのだ。要は、自陣で札を取ることにこだわりすぎているというのが 彼らの現状なのだ。

 私は、今では極力札を動かさないようにしている。序盤では、最初の並びで定位置 に収まりきらなくなった札を定位置に戻すことがあるが、これも、できる限り送りの 対象となる札を一時避難場所に置くようにしている。中盤でも、札の場所を変えたい と考える札は、送りの対象となる札であることが多く、相手に送ってまた戻ってきた ら、変えたかった場所に置くなどの手段に出ている。ただ、右下段や左下段がなくな ると先に述べたように1枚だけそこに持ってくることはする。下段がないと手を置く 位置がぴったり決まらず、構えづらいのだ。終盤は、少し例外かもしれない。様々な 条件により、札を動かさざるをえない場合も出てくる。自分の中では、「直感で」な どのような理由ではなく、きちん理由付けができる考えに基づいて動かしているつも りである。(他人はそう思ってくれない面もあるが…)

 札の移動についての考えも競技者によって千差万別であろう。これをお読みになっ た方々の考えというのも是非聞かせていただきたいと思っている。
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