素振りのすすめ

Hitoshi Takano Jun/2000

ことのおこりは"筋肉痛"

 朝、目が覚めると身体のあちこちが痛い。この違和感は何だろう。職場の夢を見て、夢の中で 仕事をしたせいで、肩がこったのだろうか。時々、夢の中で仕事をするが、こういうときは、夢 に残業代をつけてくれと言いたくなる。こんな夢をみると、眠りながらも力んでいるのか、朝か らやけに肩がこっているものだ。でも、そんなのとは、ちょっと違う身体の痛みだ。
 「そうだ。筋肉痛だ。昨日、4試合もかるたを取ったせいだ。」
 このことに気づくのにそんなに時間はかからなかった。1日に4試合取るなんて、何か月ぶり だったのだろうか?ももの内側に上腕部、そして腰。かるたでどこの筋肉を使うのかがよくわか る。それにしても、情けない。若いときは、こんなことはなかった。「年齢をとったんだなあ。」 と思う。「でも待てよ?」本当に年齢をとったから筋肉痛がでたのだろうか。
 初めて、かるたを取った時、筋肉痛にならなかっただろうか。よく覚えてはいないのだが、きっ と痛くなったに違いない。普段使わない筋肉を使い始めたから、たぶん…。そういえば、普段は あまり練習しないが、団体戦の前になると合宿をして集中的調整をする大学のかるた会のメンバー は、合宿の二日目になると筋肉痛だと言っていたではないか。みんな若い学生である。年齢のせい ではないのである。
 私も、その他大学のかるた会の合宿に参加したが、別に筋肉痛にはならなかった。私が若かった からではない。その当時私は、週4日、毎月平均30試合程度の練習をこなしていた。日を置かず に練習していたから、普段使っている筋肉を使うにすぎず、別に筋肉痛にならないのである。
 大学を卒業して、勤め始めると自分の好きな時間に練習できなくなる。間遠になった上に、いき なり4試合も取るものだから筋肉痛になるのである。

素振りは役に立つのか?

 野球の打撃に素振りがあり、テニスやバドミントンの選手も素振りをする。卓球選手も素振りを する。ボクシングにはシャドウボクシングというのがある。これも素振りの一種だろう。わざわざ 重りをつけて、重くした上で素振りをする場合もある。こうやって、日頃から、試合で使う筋肉を 鍛えるわけである。それ以上に正しいフォームの維持という意味もあるかもしれない。
 ところが、各種スポーツにおいて、かくもよく行われる素振りという練習方法が、かるたにおい ては、役に立たないという説がある。何故だろうか。
  1. 自分のフォームを目でチェックできない。
  2. 音と連動しない払いは、実戦的効果が薄い。
  3. 相手がいない中での払いは、実戦的効果が薄い。
 こんな理由が主流だろうか?ひとつずつ検証してみよう。
1.他の競技だと鏡を前にして素振りをすることが多い。鏡で自分のフォームをチェックできる。 ところが、かるたでは、鏡を前に素振りをしても、自分のフォームをチェックできない。目は、 札の置いてある畳にむかっているわけだから、鏡をみながらというわけにはいかないのである。 他人に見てもらうという方法やVTRを用いる方法もあるだろう。しかし、ここでは、一人で簡易 にできる方法としての素振りということを述べているので、これらの方法は除外しよう。鏡を置く のさえ、簡易ではないとも言えるのだが…。
2.かるたは、上の句が詠まれその決まり字という音に反応して、身体を動かし、札を払うわけで ある。決まり字も変化するし、音を聞いたその瞬間にどこに札があるかを判断し、それに応じた身 体の動きをするわけである。素振りというのは、こうした複雑な動きのもっとも典型的な身体の動 きを単純化して練習するにすぎないのである。複雑なシチュエーションを考えた素振りができない わけではないが、はたして、実戦の中であらわれるかどうかわからないパターンの練習は、練習と しての効果に疑問をもたざるをえない。
 これだけではない。もっとも単純な素振りであっても、音に感じて手を出す素振りと、型だけの 素振りでは、筋肉の緊張のしかたが違うのである。
3.かるたには実戦の場合、対戦相手がいる。対戦相手がいる場合、対戦相手の反応や出方で、こ ちらの払いもかわってくる。かるたというのは、相対的なものである。相手の手が自分の音に対す る感じ(響き)の間に出てしまうと、自分の払いの手の動きが牽制され止まってしまったり、影響 を受けてしまうのである。この時に素振りのとおりの払いなどはできはしない。この相手の影響を 受けながらの払いというものは、2のところで述べたのと同じで、素振りの時の払いと筋肉の緊張 のしかたが違うのである。

 総じて、素振りが実戦の際の振りと異なる側面を持つのは、どのスポーツでも同じである。野球 の打撃で言えば、ストレート系のタイミングの取り方と変化球のタイミングの取り方でバットの振 りも微妙に違うだろう。しかし、バットの芯でボールをとらえて振り抜くということが共通であれ ば、素振りは無駄な練習ではないはずだ。
 かるたにおいても、札を払うという動作は、様々なシチュエーションがあるにしても、基本的動 作なのである。その素振りにまったく効果がないわけはない。

素振りのすすめ

 年間に300試合くらい練習していた頃は、素振りなどする必要はなかった。実戦に勝る練習方 法はなかったわけだ。それは、練習する時間に恵まれ、詠み手と対戦相手がいるという練習環境が 整っていたからこそできたことだ。だから、かるたで使う筋肉は常に使われ、筋肉痛など感じるこ ともなかった。むしろ、使わない筋肉を使って出てしまう筋肉痛よりも、練習のしすぎによるオー バーヒートにこそ気をつけなければならなかった。
 しかし、実戦の練習ができない今、かるたの練習としては、一人でできる素振りがおすすめであ る。札を実戦さながらに敵陣25枚、自陣25枚並べて暗記して、詠みのテープを回して一人練習 する方法もあるが、こうなると手軽な練習とは言えない。素振りは、素振りする場所だけで、札も テープレコーダーもいらない。
 この簡易な練習でも毎日続けていれば、たまに実戦練習したからといって、筋肉痛に悩まされる 心配はない。私の場合、練習の間が空いてしまうと、自陣の取りはすぐに身体が思い出すが、敵陣 を攻めにいく払いはなかなか身体が思い出してくれない。無理に攻めにいって、身体を動かしなが ら、身体に思い出させるわけだが、素振り練習を続けていれば、音に対する感じ(響き)のタイミ ングはともかく、攻めの払いは身体が覚えている。
 私が一人で素振り練習をするの時は、敵陣の右下段の払いが5割で左下段が4割くらい、自陣は 1割くらいの割合で行う。そのくらいの差をつけないとならないくらい、私にとって自陣の払いは 自然、攻めの払いは不自然なのである。

 つらつらと素振りの効能を書いたつもりだが、今では、この素振り練習さえ怠っているので、冒 頭に述べたように筋肉痛になるのだ。
 実戦練習が不足し、なおかつ、たまの練習の翌日の筋肉痛に悩まされる方には、ぜひ、素振りを おすすめしたい。


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