かるたの効用

Hitoshi Takano Dec/2005

 仕事柄、「研修」ということに関わることが多い。
 そこで、競技かるたをいわゆる職業人に対しての研修という側面から考えてみたいと思う。

「勝つことは自分を磨く最大の手段である」

 この言葉は、K大の体育会月報に体育会会長たる方が書いていたものである。
 競技かるたは、競技という性質上、一対一の勝負であり、当然、勝ち負けがつく。引き分けはない。 団体戦も、基本的には、一対一の勝負を奇数組行い、勝ち数の多いチームが勝ちとなる。
 勝敗がつく競技では、勝つために努力もし、工夫もする。そこには、自己管理の要素もあれば、戦略 策定から戦略を戦術にまで落としこんでの実施といった要素もある。

 直接、業務に役立つわけではないが、こういう経験をして「勝つために己を磨くこと」が、研修的な 要素を含んでいる。

「よき敗者たれ」

 この言葉も、K大の体育会に伝わる言葉である。
 勝ちがあれば、負けもある。負けたときこそ、その人の真価が問われる。悔しい気持ちは当然ある だろう。また、相手の運がちょっと良かっただけで勝敗の明暗が分かれたのかもしれない。そのとき、 「悔しさ」を人前で見せることがよいことだろうか。「競技に勝って勝負に負けた。」「相手は、強くない。 運が良かっただけだ。」などということはよいことだろうか。敗者として、己をおとしめるだけでは ないだろうか。
 悔しくとも、勝者である相手を讃え、潔く身を引き、次の機会に勝利を得るために捲土重来をはかる のが「よき敗者」ではないだろうか。
 「よき敗者」は、敗者の思いがわかるはずである。自分自身が敗者なのだから。これは、自分が勝者 たるときに、敗者の気持ちを汲むことができるようでなくてはならない。「よき敗者」は勝っておごらず、 謙虚に勝利を受け止める「よき勝者」につながる存在なのである。

 負ける経験から、学ぶ姿勢は失敗から学ぶことに通じるし、敗者の気持ちを知ることは、勝者になった としても相手の気持ちを慮ることにも通じる。これも研修で学ぶことの要素であろう。

Enjoy ○○○!

 K大野球部では、"Enjoy Baseball !"というモットーがある。
 これを競技かるたにあてはめれば、「エンジョイ カルタ!」ということになる。競技を行うとき、 競技を楽しむということは大事なことである。

 「勝つこと」に拘泥していると、競技がつまらなくなる。

 将棋のプロ棋士になるための奨励会三段リーグ。ここを抜けられるのは年4名のみ。ここでは「勝つこと」 がすべて。ここを抜けて四段になってプロ棋士になったとき、将棋の楽しさを思い出すものもいるという。
 不幸にして、年齢制限でプロになれないまま奨励会の退会を余儀なくされる者もいる。青春をかけて 打ち込んできた将棋と決別するものがいる。盤・駒、棋書なども全て処分するものもいる。「将棋」に 関係するものを見るのも嫌だという。しかし、数年たってアマチュアとして復帰すると、子供のころに 将棋の面白さにとりつかれて目指したプロへの道のその原点である面白さを思い出すという。
 最近、奨励会を年齢制限で退会してのちアマチュアとして活躍し、特例試験でプロに編入された瀬川 晶司四段もそうした一人だ。
 アマチュアに戻って、将棋の楽しさを思い出したのが、今回のプロへの道につながったのだろう。

 「競技かるた」も同じである。楽しかった経験、面白かった経験から、この世界にはいってきたのだ。 勝つことは、自分を磨くという意味でも大事な要素だが、本質を見失ってはいけない。「勝つこと」が 楽しいという要素の一つでもあったかもしれないが、本質は「競技」としての面白さにあるのだと思う。 面白くない競技は廃れていく。「勝つ」人間がいれば「負ける」人間がいる世界なのだから。勝ち続ける 人間がいるということは、負け続ける人間がいるということで、勝つことの面白さしかないのならば、 負ける人間は、競技から去っていく。勝っても、負けても、その競技の面白さにゆえに続けるのである。

 競技を楽しむことは、業務研修的にいえば「仕事を楽しむ」ことにつながる。これは、ストレスマネジメント やメンタルヘルスケアといった、現代の企業研修でよく取り上げられるテーマにつながる。
 「楽しむ」ところにはストレスはあまりかからないだろうし、楽しむことで「ストレス解消」に繋がれば、 メンタル的な健康の維持にも結びつくであろう。


 仕事を楽しみ、仕事以外にも楽しみを持つ。「忙しさ」に忙殺されている現代人にとって大切なこと かもしれない。そういう意味で言うと「研修」的な観点から、「競技かるた」の効用を考えるのも、仕事 人間的な発想に偏ってしまっていて、ナンセンスなことなのかもしれない。


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