同期生への手紙(II)

Hitoshi Takano Mar/2013

Tさんへ


前略  T先生、ご無沙汰しています。MIKAへの投稿拝見しました。
 この3月の学生選手権と職域・学生大会の引率を最後に、県大会の手伝い程度にとどまり、Tさんの言うところの業界からは足を洗うのですね。
 他の学校への転勤がきっかけということですが、N泉高でのかるた部との関わりからF高での関わりということで、S先生のあとをおっかけたようなこの20年間、お疲れ様でした。
 テレビなどでも姿を拝見していたので、お元気なものと思っていたのですが、XXすべり症とのことで身体を酷使されていたのですね。以前は膝に水をためたということですから、他の要因もあったにしろ、かるたも身体を痛めるひとつの要因になったのではないでしょうか。
 まずは、かるたから離れて、健康を取り戻してください。
 T先生がF高の1年で競技かるたを始めたと同時に、私も慶應かるた会でかるたを始めました。いわゆるかるた同期です。以来、丸34年のおつきあいですね。
 練習でN泉高を訪れたり、F高にお邪魔した際には、大変お世話になりました。富士市内で一緒に飲んだのもよい思い出です。
 何よりも、T先生のS大在学時代の合宿や練習での対戦の思い出が懐かしく思い出されます。サウスポーということで、右ききとは違う、様々な工夫のある考えるかるただったと思います。
 そうした考えるかるたが、きっと高校生への指導につながっていったのでしょう。メンタルな指導も含め、T先生の理論好きでした。業界から離れるとは言われていますが、ぜひ、一冊の本にまとめていただきたいと思います。
 私より4つも若いT先生の「じゃあね」宣言は残念ですが(ちなみにおニャン子クラブのサードシングル「じゃあね」のメインは中島美晴ではなく、中島美春で、会員番号は12番ではなく5番です。MIKAの投稿、間違っていましたよ。でも、同じ番組を見ていた感覚は共有できます。私はファンクラブである"こニャン子クラブ"の会員でした。)、私は、まだまだ身体を大事にしながら、慶應の学生たちや慶應のOB・OGたちと取り続けていきたいと思います。後輩たちに伝えられるところは伝えていこうと思います。自分なりの理論を伝え、それにより現役学生が何かしらのヒントをえてくれればいいと思っています。
 業界からは離れたとしても、業界を見守り、取り続ける人たちの活動を見続けてください。
 清水の新しい赴任校からも、ぜひ、たくさんの高校生に慶應を受験させてください。
 では、また、どこかでお会いいたしましょう。
草々


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