まだまだ・後輩への手紙(I)

Hitoshi Takano   JUN/2019

H君の戦術を考える


前 略 H君、東京復帰からざっくり半年が立ちました。私との練習再開も半年が経過し、いろいろ戦術の検討も続けてきました。 大会出場で、目標のD級ベスト4にも、あと一歩という感じです。H君が大会に出場するたびに、様々な課題に直面しているようで、ツイッターから伝わってくることも多くあります。
 また、この間、私がH君と取ることの私にとっての意味合いというのを質問しましたね。その時、「かるたを取る感覚を身体が忘れないためと、イメージどおりに勝ちきる訓練」というような話をしました。 練習の間があくといわゆる勝負勘(感)や競技勘(感)を取り戻すのに時間がかかるので、コンスタントな練習が必要ということは自身の体験的にもわかることではないでしょうか。 その時は言いませんでしたが、私がH君と取る意味には、「正直、H君を初段にしたい」という意味合いがあります。 それは、H君との対戦が私にいろいろな物の見方や考え方を気付かせてくれたことへの一つの恩返しでもあります。 指導の方法も定型的な方法だけでなく非定型な方法も重要であること、個々人にあったマンツーマンでのコーチングといったことも考える機会をもらったと思います。 それは、私自身の発想や意識を広げるということにもつながりました。そういうわけで、私の勝手な思いかもしれませんし、大きなお世話と思われることもあるかもしれませんが、 少しでも、H君の昇級のために力にならせてほしいと願っています。もちろん、昇級を目指し、達成する主体はH君ですが、 微力ながらも私との練習が、H君の役に立てるならという思いです。
 こんな思いから、おせっかいながら、練習相手のひとりとして、すこし、H君の戦術を考えてみましょう。

1.目標設定
 目標設定は、「D級ベスト4以上」でしたね。今までの大会出場で二度ほどベスト8までいきました。あと一歩です。
 そのあと一歩のところでの敗戦で、特に大きな課題に直面しているようです。
 まずは、この目標はぶれずに、この目標に向かう最短経路を目指しましょう。

2.目標に向けての前提
 目標に向けての前提の一つは、大会に出場することですね。そのための事前申し込みは忘れないようにしてください。大会に出場しないことには目標は達成できません。
 もう一点は、できる範囲でよいので、練習を続けることです。実戦練習ができないときは、地道に一人練習をしてください。 一人練習は、札流しでも、素振り練習でもいいです。ランニングはきつくても、ウォーキングでかまいまいせん。心がけましょう。
 余裕があれば、体幹トレーニングをしましょう。下半身の強化と体幹の強化は、効果的です。札に触れるだけが練習ではありません。
 おっと、もっと大事な前提を忘れるところでした。それは体調管理というか、健康維持です。競技かるたを取ることのできるのは、健康あってです。 さがみ野会の前では、残念ながら体調を崩してしまいましたが、何より「健康第一」です。この前は、予期せぬ突然の不調だったと思いますが、 できる限り健康維持のための体調管理を心がけましょう。私は、この前の欠場は、H君の賢明な判断だったと思っています。
 体調管理・健康維持のためには、無理は禁物です。無理をして悪化させてしまうよりは、場合によっては大会を欠場せざるをえないこともありますし、練習を休んだほうがのちのちのために良いということもあります。 健康問題の前には、「出場する勇気」よりも「欠場する勇気」のほうが大事です。重ねて言いますが、無理はしないでください。
 もちろん、欠場する場合や休む場合は、主催者への早めの連絡をしてください。本人が心がけていることは知っていますが、念のためにお伝えしておきます。

3.戦術を考える前に
(1)自己認識を振り返る
 H君がTwitterで呟いている内容は、『自分のかるたの武器は、「初見封じの配置」と「取りや送りの威圧感」で相手のメンタルに付け込むことだと思ってるけど 後者の向くベクトルを間違えると「民度低くてマナー悪いいい歳したおっさん」 になってしまうから、今後気を付けていかないとなぁ・・・』でしたね。
 「気をつけるべき」という認識は、よい気づきだと思います。これ自体は問題ありません。しかし、そもそもの「相手のメンタルに付け込む」というスタイルはどうでしょうか? 「メンタル」を意図的に操作しようとすることは両刃の剣なので、自分にも同様のリスク(同様の反動が自分のメンタルにかかる可能性)があるということを充分に認識してほしいですし、 そもそもH君には向いていないということを理解してほしいと思います。束負けで落ち込んだ自身のメンタル面を考えれば、あまりメンタルには触れないほうがいいとは思いませんか?
 そう考えると「初見封じの配置」と「取りや送りの威圧感」といった要素の持つ意味が変わってくると思います。 「初見封じの配置」は、サウスポー的配置と上段使いという点で意識しているのだと思いますが、慣れられれば対策されてしまいますし、圧倒的な力の差の前には、それほど大きなアドバンテージではありません。 私は右利きですが、上段使いということで、H君と同様に平成の新人たちには慣れない定位置だと思いますが、初見でも苦にしない選手を数多く見てきています。 自分の定位置を自分の自信として、活用すること自体悪いことではありませんが、過信は禁物だということを肝に銘じておいてください。
 「取りや送りの威圧感」については、以下の4(4)と4(6)に関連の内容を書きましたので、そちらを読んで考えてみてください。 ポイントは、表層的な捉え方ではなく本質をしっかり捉えてみましょうということにあります。
 いかがでしょうか。自己認識の振り返りはできたでしょうか?
(2)札を取るのか、札を減らすのか
 お手つきをしても、その分札を取るという考え方をする人がいます。これも戦術と言えば戦術かもしれませんが、今のH君の札を取る力を考えた場合、やめたほうがよい選択です。 札を減らすためには、札を取るだけではありません。相手のお手つきでも札を減らすことができるのです。しかし、H君のお手つきが相手より少ないかというと、決してそうではありません。 私が見ている範囲では、H君のお手つきのほうが多いことの方が明らかに多いようです。
 というわけですので、戦術を考える前に「お手つきをしない」ということを意識してください。ゼロに越したことはないのですが、現状を考えると「一試合2回以下」を目標にしてください。 ただし、目標の2回をしてしまったので、3回目をしてはいけないと意識しすぎて、気持ち的に追い込まれることはないようにしてください。
 気持ち的に少し楽に考えることができるよう百歩譲った提案もしておきましょう。相手のお手つき回数より多かったとしてもプラス2回以内に抑えましょう。 妥協案ですが、このくらいなら気持ち的にプレッシャーにならないでしょう。
 とはいえ、「一試合2回以下」の気持ちを大事にしましょう。

4.戦術を考える
(1)定位置
 自陣に関して、わりと今の定位置で馴染んできており、自陣には自然に手が出るようですから、大きく変えることはありませんが、気になるのは大山札の場所です。
 左利きなので、右利き相手との囲い合いの際の配慮が必要です。しかしながら、H君は囲いが下手です。練習してうまくなるという王道はありますが、 H君の個人的特性を考慮すると、私は大山札を囲うという選択肢を放棄した方がいいと思います。
 囲わないことを前提にすれば、置き場所は、一番外側や一番内側である必要はありません。一番外や一番内という場所は、自身が囲いやすいとともに相手からも囲いやすい場所だからです。
 相手が囲いにくい場所に変更してはいかがでしょうか?
 外や内に必ず札があるような配置ならば、相手からも囲われにくいのです。
 ぜひ考えてみてください。
(2)暗記の際の注意
 H君は、全部が全部ではありませんが、特に自分にとって重要だと思われる札について、暗記の時に声を出して暗記しています。
 本人にとって、それが覚えやすいというのは、個人的特性を考えた場合には理解できますが、何も知らない人にとっては、自身の暗記を妨害される迷惑行為です。 私との一組だけの練習の時であれば許容していますが、大会ではやめましょう。口の中でボソボソと相手に聞こえるか聞こえないかの感じでつぶやく程度ならば、 なんとか許容範囲かと思いますが、それでも、対戦相手や周囲からやめてほしいと言われたらやめるべき行為です。
 H君の場合は、本人は小声のつもりで、さほど気にしていないのかと思いますが、周囲にも聞こえるような音量で、割とはっきり声に出した暗記をしています。 15分の暗記時間にしても、読み開始後のインターバルの際の暗記についても、やめたほうがいいです。特に、変化した決まり字で声出ししているのは、 札の決まりを誰かに教える行為とみなされる違反行為(反則)になる可能性があります。人に聞こえないように自分の口の中でモソモソ言う程度で抑えましょう。
(3)フォーム(構え)
 島根に行く前のかなり低く構えるフォームと、私と初めて対戦した頃のかなり高く構えるフォームの中間くらいのバランスのよいフォームになっていると思います。 今のフォーム(構え)を安定的に運用していってください。今のフォームであれば、(5)のテーマに関連して問題なく対応できます。
 一点だけ注意するとすれば、素振りの際の畳の叩き方が、フォロースルーでもなければ、身体のバランスの崩れを阻止するための叩き方ではなく、 畳を叩くがための叩き方のようになっている点です。
 これは注意しましょう。身体のバランスが崩れないのであれば、無理に畳を叩くことはなく、静かに支えるための腕と手の使い方ができるはずです。
(4)送り札
 個人的特性から、いわゆるセオリー無視の道を選んだことは受容しました。
 それは有効に使ってください。
 しかし、それには相手次第で変える臨機応変さを忘れてはいけません。友札を相手に送ってひとまとめにした場合、二枚並べて守るタイプでしかもそれが早いタイプだとすると、 今のH君では抜ききれないように思います。そういう時は作戦変更してください。
 三字札を敵陣に送る送りも、攻めがるたであれば推奨しませんが、いわゆる攻めがるたの道をやめたH君であれば、戦術的に有効に使えるはずです。
 しかし、これも相手を見て、臨機応変に使ってください。H君の守って取るはずの二字札を強烈な攻めでガンガン抜かれてしまうような場合は、 いわゆるセオリー型の送りにしたほうがよいと思います。
 特に大きくビハインドを背負ってしまった場合、逆転のチャンスは相手のお手つきにあります。
 お手つきをしやすい送りを心がけましょう。そして、その時に、自分はお手つきしないようにして、相手にしてもらうというつもりで行きましょう。
 相手に取られても一枚ですが、お手つきは二枚差です。ダブ・セミダブなら三枚差、カラダブは四枚差です。これを肝に銘じましょう。
 H君に送りのことで、セオリーだなんだのというのはやめました。H君のスタイルで自由に発想して自由にやってください。 ただし、そこはきちんと理由付けをして狙いを明確にしてください。そして、相手がどういうタイプかを見ながら、 自分のスタイルにこだわりすぎずに臨機応変に送り札を考えてください。
(5)どこで取るか
 H君は、自分の個性と向き合い、敵陣よりも自陣で札を取って減らすことを選択しました。私はH君に対して、「基本は攻め」という考え方での指導・助言はやめました。 その方針で、自分のかるたスタイルをつくり、戦術を練ってください。
 ただし、H君は左利きです。サウスポーの長所・短所をふまえて考えてください。
 練習試合で感じることは次のとおりです。
  ・自陣の守りは左右そこそこ。
  ・敵陣への攻めは狙っている札と敵陣右下段はそこそこ。
  ・敵陣左下段への攻めは狙っていないとダメ。
  ・自陣上段中央は「拾い」を中心。
 相手は、左利きというだけで「なんか違うぞ」という違和感を持ってくれ、しかも、平成以降めっきり減った上段中央使いということでの違和感ということで、 多少の「取りづらさ」を感じてくれます。これが、サウスポーとしての長所です。
 この長所を生かし、しっかり取る場所と「拾う」場所のメリハリをつけてください。
 特に札の多い序盤において、現状のH君からいって、全部を均等に早く取ろうというのは、全部が遅い取りとなるというのと同じ意味です。 早く取る場所、すなわち敵陣右と自陣左の縦のラインと、自分にとっての狙い札をまず柱にしましょう。
 相手に取られてもいいや、拾えればいいやというくらいで、他の場所は考えればよいです。ただ、そうすると場所的にフィフティ・フィフティになってしまうので、 優位に拾える場所を明確にしましょう。それは、現状のH君でいえば、自陣の右下段・右中段です。 右利きが攻めに来た時に左利きの手の甲にブロックされる右利きにとっての対サウスポーの「嫌なポイント」です。 これに、上段中央を取り慣れない相手が高い位置から抑えにくる際の低い位置からのセーブです。
 このくらいの感じで、取る場所の優先順位を考え、メリハリをつけて、序盤・中盤を乗り越えましょう。
(6)声だし
 自分を調子づかせるという意図と相手に対しての威圧感を出すという意図があるようですが、はっきり言って、今のスタイルはやめた方がいいです。
 たとえば、2枚同陣で決まっている大山札を取った場合の声出しは、周囲に迷惑です。周囲の人は6文字目の音に集中しているのに、その前に変な音がはいるのは妨害以外のなにものでもありません。 これは、大山札に限った話ではありません。「うつしもゆ」の二字目の音を待っているのに一字で声出されたら大迷惑です。
 相手のお手つきに「ラッキー」や「チャンス」もやめましょう。
 何も言わないのが一番ですが、せいぜい「あらっ」とか「おっと」とつぶやく程度で、ポーカーフェイスで淡々と札を送りましょう。
 とにかく無駄な発声は極力やめてください。
 そんなことを「心理戦」などと言わないでください。
 真の心理戦は無言の中にこそあるように思いませんか?
(7)主張(もめ)
 正直、今のH君の主張のしかたはNGです。
 時として無理筋の主張と感じますし、話し方もよくありません。
 まずは、もっと落ち着いたトーン(声音)で話しましょう。
 簡潔に主張することと、一方的に話すのではなく、相手にも相手の主張をさせる。そこで、矛盾点を比較し、はやく結論に導くことです。引き際も大事です。
 「3枚譲って勝てないなら、それは実力がないと思え!」という言葉を胸に忍ばせておいてください。
 長い主張は、次の一枚への集中力を削ります。その後の展開のためにも早く結論をだしましょう。
 H君は、自分が思っている以上に年下の選手には、圧迫感を感じさせてしまっていると思いますので、3〜4割くらいパワーをダウンさせて主張したほうがよいです。 相手を怖がらせてはいけませんし、相手に不快感を与えてもいけません。あくまで紳士的に、「互譲の精神」をもって主張してください。
 これも「心理戦」とは考えないでください。もめないことが一番です。もめる原因は、特にD級の場合、双方が見えていないことが多いのです。 それには、札を取る瞬間(取られる瞬間)に目で追っかけることです。自分が見えていなかったら、それは自分が悪いと思って引きましょう。 心理戦というよりも、そういう風に決めておくことが、自分の精神衛生上いいと思います。
 (また次にこの人と取りたいと思われるようなかるたを目指すのでしたよね?)
(8)粘り
 差がついてもあきらめないのは勝負の鉄則です。何が起きるかわからないので、ビハインドの場合は、送りを考える際にお手つきしやすい状況への複雑化を心がけ、 あきらめずに精一杯粘りましょう。
 そして、逆にリードしている場合は、相手の粘りに注意してください。自分はお手つきをしないように、相手にはお手つきをしてもらえるように、送りをしっかり考えて、 あわてず、一枚一枚着実に減らしていきましょう。
 D級の試合では、終盤のお手つきなどによるどんでん返しが起こりやすいと思います。私も、何度もそういうシーンを見ています。
 最後の一枚で決着がつくまでは、決して気を抜いてはいけません。
(9)スタミナ
 これは戦術論ではないかもしれませんが、数試合勝ち抜いた後の昇級・昇段戦となると疲労も蓄積しています。スタミナの維持には工夫が必要です。
 糖分の補給や、栄養飲料などを自分なりに、適宜摂取してください。
 一日に何試合も取る練習ができないということのほうが多いと思いますが、そういう時は仕事帰りの疲労した状態での練習を3試合目くらいの感じでとらえて、 疲労したときには自分のかるたにどういう症状がでてくるのかを分析し、対策を考える機会にしてください。
(10)見えない力
 信じる信じないは別にして、「見えない力」を味方にすることは大事です。
 日ごろの立ち居振る舞いや行動、挨拶、思いやり、会への貢献などなど、ここ一番で味方となってくれる行いがあると思います。 誰かに認められたい、誰かが見ているから実行するというのも、それはそれであるかもしれませんが、 何よりも誰にも見られていない時に自分の心のうちに「積む」ために行うのも大事ですよ。
 戦術ではありませんが、意識してみてください。
 H君にお勧めすることの一つは、大会で相手が勝った時、札の数を数えて、相手に渡すときに「次、頑張ってください」と言うことです。 そのあとに、すかさず「ありがとうございました」の礼をしましょう。H君には、この挨拶をぜひ推奨します。

5.まとめ
 十の項目について、H君のために戦術を考えてみました。 戦術を考えると言いつつも、(2)では暗記の際の発声の注意、(3)では暗記の際の畳の叩き方の注意、(6)では取った時に発声の注意、 (7)では主張の際の物言いの注意ということで、基本的なマナーレベルの改善点の指摘が多くなってしまいました。 しかし、これは戦術を考える前に実行してほしいことなので、じっくり振り返ってみてください。 エゴサーチして落ち込むくらいならば、最初から問題のないようにすればよいのです。
 強い相手にあたって、大タバ負けしたとかで気分を沈ませてしまうことなども不要です。
 当たった相手が優勝したら、事実上の決勝戦だったとうそぶいてください。
 ネガティブ思考は不要です。ポジティブに次に出場する大会での目標を達成することを想像してください。
 気持ちの安定、精神の安定は大事なことです。
 それはそれとして、(4)の「送り札」の考え方と(5)の「どこで取るか」の考え方が、H君の戦術に大きく関わる部分だと思います。
 自分なりにしっかりと考えて、自分のスタイルを確立していってください。
 練習におけるヒントも散りばめたつもりです。
 この手紙が、H君の目標達成に役立つことを祈っております。

 では、また練習でお会いしましょう。
 アップグレードしたH君と練習できることを楽しみにしています。
草 々

追伸  今度、H君のために、「私的かるた論」のコーナーで「“D級”考」というのを書きますので、投稿されたら読んでください。 それと合わせて、この手紙を読むと理解がより深まるのではないかと思います。

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