まだまだ・後輩への手紙(II)
Hitoshi Takano DEC/2019
還暦を迎えて
前 略 先日は還暦祝いの会を開催いただきありがとうございました。
ご多忙中にも関わらず,ご参集くださったみなさんにあらためて厚く御礼を申し上げます。
また,記念誌にもご寄稿いただきましてありがとうございます。ご寄稿いただいた方々にも厚く御礼申し上げます。
せっかくですので,記念誌の中からごく一部を紹介させていただきます。
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「何故、かるたを続けるのか?」
つきつめれば「好きだから」ということであるが,単に「好きだから」だけで40年続けるのは難しい。そこには,それなりの理由付けが必要である。
理由の一つには,競技自体とこの競技を支える組織・人への恩返しということがある。競技かるたは,競技をとおして人生に豊かさを与えてくれた。
それは,選手間の交流という人間関係をつくってくれたことであるし,競技の勝敗や勝ち負けにいたるプロセスを含め,人生に役立つ経験を提供してくれたことである。
自分が享受したこの豊かさを次の世代にも味わってもらいたいと考えれば,「普及」を中心に後進の育成に関わること,、まさに競技への恩返しである。
この実践の一つが,自分自身が競技を続けることである。
対戦により伝えられることは大きいし,相手に対して説得力がある。もちろん,若い選手の成長のスピードには勝てず,あっという間に実力的に追い越されてしまうことは多々ある。
当然のように敗者の指摘は説得力があるかという疑問が呈されることも承知している。しかし,対戦することによって見えてくることや感じることがあり,それは傍らで観戦しつつ指摘することとは異なるのである。
そしてもう一つの理由が,自分自身の老いによる衰えへの挑戦である。肉体を使う競技である以上,老いという肉体の衰えは必ず自分の身に降りかかる。
この老いと向かい合い,年齢相応の取り方を工夫し続ける。これは、肉体的老いと共存しつつ,競技者としての老いを克服する作業である。
競技という物差しがあることで,自分自身の老いを客観的に見ることができるので,老いによる衰えへの挑戦という目標がより具体的になっているのだと思う。
この自分自身の老いへの挑戦は,実は現役世代へのチャレンジでもある。それは,還暦の私とかるたを取る現役世代の後輩たちに感じてほしいことの中にある。
自分自身が還暦を迎えたときに,今の私ほど後輩たち自身が競技のパフォーマンスを保っていられるかという問いである。
現役の後輩たちが還暦を迎えるころには私はすでのこの世の住人ではないだろうが,ふと,「あの時の高野さんは還暦だったんだなぁ。」と思い出してほしいのだ。
そして,自分自身を省みて「あのときの高野さんくらいのかるたを取れるかなぁ?」と考えてほしいのだ。
還暦の私がかるたを取っている相手は,現在の後輩たちであるとともに数十年後の彼ら・彼女らでもあるのだ。
当然のごとく,この挑戦は競技を続けていなければできないことなのである。
還暦を越えたら,引き続き,古稀,喜寿,傘寿,米寿,卒寿,白寿…とチャンレジを続けていきたいと願っている。
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続いて,記念誌に寄稿してくださったみなさんのお祝いの言葉に御礼のコメントを述べさせていただきます。
HH君
アイドル全盛時の話から始められてましたね。これを読むと,H君が応援していたCHさんのことを思い浮かべます。彼女のその後の人生はすでにそれだけでドラマですよね。
また,私のかるたに対しての評をありがとうございました。自分で書くよりは,やはり対戦相手に書いてもらったほうが客観性があります。
ここ数年出展している三田祭への出展をしたのもH君だし,今年慶應が初優勝した大学選手権の運営母体である全日本大学かるた連盟を立ち上げたのもH君の力によるところが大きいですね。
私は背中を押すことしかできませんが,自分としてはいろいろな人の背中を押してきました。そのことを書いてくださり,ありがたく思います。
また,キイワードとして「寛容」という言葉を使っていただき,面映ゆい気持ちでいっぱいです。今後の私の目標とする言葉の一つとさせていただきます。
九州職域でのH君の活躍をお祈りしています。
MS君
S君が学期中になると痩せていき,休みの時に実家に帰ると肥って戻ってくるという生活を思い出しました。
大学業界に身を置く身として,S君のこうした経験が,学生との対応に役立つものと思っています。
機会があって,うちで職を持つことができるのであれば,ぜひお待ちしております。
私の定年までに実現できればうれしいのですが。
DT君
還暦のお祝いの会の席上で,パパになったこととお子さんの名前を聞きました。おめでとうございます。
きっと良いイクメンになるのだろうなぁと思っております。とはいえ,三田婦人室練習はいつもT君をお待ちしております。
T君に贈呈された「婦人室の帝王」の称号をお忘れなく。
TT君
三田かるた会の活動をとおして,T君が三田婦人室練習に来てくれるようになって大変うれしく思います。
T君と取っていると,不思議と日吉でT君と取っていたことを思い出します。T君が基礎に忠実で当時と変わらぬスタイルのかるたを維持しているからだと思います。
引き続き,練習やイベントにご参加くださいますようお待ちしております。
MIさん
貴重な写真をご提供いただきありがとうございました。
私がSFCから異動したために,SFC練習の機会が減っておりますが,SFCとは違いIさんの職場からもお住まいからも遠いし,土曜日は仕事で忙しいこととは思いますが,
三田婦人室にもお越しいただけますようお待ち申し上げおります。
KH君
いつも練習の相手をしていただき,ありがとうございます。ブログでは三田婦人室の準レギュラーと呼んでおりますが,実質はレギュラーですよね。
定位置表は細かな点で違いもありますが,こうした試みをすることは,競技かるたを考える上での手法の一つだと思います。
いろいろなことにチャレンジしてもらいたいと思います。ツイッターでは「師匠」と呼んでいただき,これまた面映ゆい思いでおります。
インドのYS君は私のことを「先生」と呼びますので,私の弟子は二人ということになるのかもしれません。
「師匠」の名に恥じぬよう努めていきたいと思います。これからも練習においでください。
MSさん
ノートへの記録づけを覚えていていただきありがとうございます。そうした記録の集積が今回の記念誌のデータにも役立っております。
かるたが取りたくなったら,ぜひ三田までお越しください。
久しぶりのかるたを日吉で現役ととるのはハードルが高いと感じる方のニーズにこたえられる練習会だと自負しております。
KFさん
Fさんは,中学生のころからなんとしっかりした中学生なのだろうと感心していました。私の二度目のSFC勤務の7年間,同じSFCの地で活動できたことをうれしく思っています。
あの128畳もあるSFC柔道場で,たった一組かるたを取るというのは,今思うと贅沢そのものであったように思います。
学業のほうでも研鑽を積まれていて,文武両道を実現されていることは素晴らしいことだと思います。研究に疲れたときには,ぜひ「かるた」で息抜きしてください。
三田練習にも顔を出してください。
NE君
記念誌本文で書かせていただいたので,そちらも参照していただくものとして,今回の幹事役,記念誌の編集・発行,ありがとうございました。
冒頭の年表のアイディア,大変よかったです。あらためて,自分のかるた歴40年を振り返ることができました。また,あとがきでも過分の言葉をいただきありがとうございました。
いただいた言葉に恥じぬよう,これからも精進したいと思っています。私は定年退職まであと5年ですが,かるたに定年はないので今後も一緒にいろいろな企画をたてていきましょう。
これに加えて記念誌本文で,対戦者の中からピックアップした15人(YAさんは記念誌本文に書かせていただきました)以外で当日お越しの方にも御礼のコメントを述べさせていただきます。
MMさん
現役のころは,一音目から手を出されるスタイルが苦手でした。かるた歴は私より長く,そして今でも競技者であり,職域学生大会の事務局であり,
斯界に深く貢献されています。職域の事務局としての活動には頭が下がります。充分にお手伝いできませんが,近い年齢層の仲間としてよろしくお願いします。
YA君
慶應にはいった頃の現役に「高野さん」がいたので,私のことを今でも「ひとしさん」と呼ぶ貴重な存在です。
婦人室練習のメンバーとして,参加のモチベーションをあげる方法をいろいろ考えてはみたもののなかなか実現にいたりません。
練習参加よりは,飲み会をセットしたほうがよいのかもしれません。引き続き様々なお祝いの会にご出席ください。
SO君
今年ご結婚され,生活環境は変わったことと思いますが,かるたに対してのスタンスは変わっていないようですね。
職員名人戦と職域学生大会は,ぜひご参加ください。職域では,肝の試合でのスーパーサブ役としての活躍をしてチームを何度か救ってくれてありがとうございます。
今後も,同様の活躍を期待していますので,忘れない程度には練習等に来ていただきたいと思います。
MSさん
三田かるた会の事務局として,いつもお世話になっております。様々な企画をしていただき感謝しています。
仕事もお忙しそうですが,体調に留意してください。あまり無理をしないでください。その上で,婦人室練習に来ていただければ大変うれしいです。
SN君
入学からA級にあがるまで,学生時代は結構取らせてもらいました。最近は読手としての活躍のほうが目立ちますが,お手つきの爆発さえなければ,まだまだ,大会でもいけるはずだと思っています。
練習場所として,三田婦人室をご利用ください。
もちろん,寄稿いただけなかった方,当日お越しになれなかった方々,おひとりおひとりにも感謝を申し上げたいと思います。
準夜勤が入って来れなかったRMさん,職域に同じチームで出場していただいたことはとても印象に強く残っています。頼れる主将でした。
今は,職務のほうで上を目指して頑張っているご様子ですが,ぜひ,かるたにも復帰していただきたいと願っています。記念品ありがとうございました。
翌日が,名人戦の挑戦者決定戦のため来れなかったNH君,教職員チームに入ってくれてありがとう。名人挑戦まであと1枚だったわけですが,捲土重来を期してください。
教職員チームのエースとしての活躍を願っています。
本当に大勢の方との出会いがあって,無事に還暦まで競技を続けることができましたし,競技かるたコミュニティーに身を置くことができました。
おひとりおひとりに感謝しています。還暦は暦が回って,また赤子からということで,赤いものを身にまといます。私も初心にかえって前進していきたいと思います。
これからもよろしくお願い申し上げます。
草 々
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