"競技かるた"に関する私的「かるた」論

番外編

苦手意識の罠(3)

〜感じのはやさ編〜

Hitoshi Takano Apr/2017


 「苦手意識の罠」シリーズの第3弾である。前回の「サウスポー」に引き続き、今回は「感じのはやさ」を テーマとして取り上げる。
 「感じのはやさ」という概念については、以前「歌留多攷格」に書いた 「感じのはやさ」と「払いのはやさ」 をご参照いただきたい。
 さて、「感じのはやい人が苦手です」という人は、だいたいにおいて自分が「感じの遅い選手」と認識している方が 多いかと思う。しかし、平均よりは「感じのはやい」選手でも、相対的に自分よりも「感じのはやい」選手が 苦手というケースもあるので、一概に「感じが遅いから、感じのはやい選手が苦手」とはいえないかと思う。
 だいたいにおいて、「感じのはやさ」というのは、競技者にとって非常に有利な資質といって差し支えない。 したがって、「感じがはやい」選手には強くなる資質がある。そして、上位のクラスに所属している 「感じのはやい」選手は強いのである。
 苦手かどうかを考える前に、まずは、彼我の力の差を考えて、あきらかに相手のほうが実力・実績が上ならば それは、苦手ということよりも、「相手が強く、自分はその相手に対して弱い」という事実を認識すべきである。
 もし、自分のほうが実績が上で、クラスも上位であるにも関わらず、「感じのはやい」下位の選手にころころ 負けるようなのであれば、それは「苦手意識」と言ってよいかもしれない。
 まずは、この点をおさえていただいた上で、今回の検討に移ろう。では、以前おこなった分析をおさらいしつつ 考えていこう。

 なぜ、感じのはやい人を苦手と感じるのだろうか?
 おそらく、一番多いのは、自分の「感じ」を消されてしまうことではないだろうか。この感じを消されるという 感覚は、個人差があるように思う。おそらく個々人で、相手との感じのはやさの差によって生じる 「感じを消される間合い」という範囲があると考えられる。それゆえに感じのはやい選手でも、相対的に自分より 感じのはやい選手が苦手というケースが生じるのである。自分が読まれた音に感じて札に向かう時間までの間に、 相手が先に感じて札に対する動きが出てしまうと、自分自身の感じがその相手の動作によって、音への反応ではなく 動きに対して注意が向かってしまい、唖然として相手の動きをみているだけになってしまったり、頭が真っ白に なってしまうということが生じるのである。
 この場合は、出札に対しての「手が出ない」ということとなるケースが圧倒的だろう。
 次に多いケースとしては、相手の感じと自分の感じの微妙なタイミングのズレにより、相手の感じや手の動きに つられてしまうということである。相手の感じのはやさが、自分に対してのフェイントになってしまう ケースだろう。
 この場合は「お手つき」を誘われたり、本来攻めようとしていた札でない札に自分の手を誘導されてしまうと いうことになるだろう。すなわち、別れ札などで頭では相手陣を攻めようと思っていても、相手の手につられて、 敵陣を攻めるはずが自陣に先に手を出してしまうという展開である。そこから相手陣の札が出札と気づいた時には 「時すでに遅し」で、そこから攻め直しても、相手に楽々戻られてしまうということになる。守ってから攻めるよりも、 攻めてから戻るほうが、身体の動きがスムースでスピードがのるからである。

 これらの事象への対策はないのであろうか?。
 きわめてシンプルに考えれば、自分の「感じ」をはやくすればよいという解決策が思いつく。しかし、「感じ」と いうのは、個人差が大きい。訓練で伸ばせる範囲には限界がある。「はやさ」の基準を自動車のスピードにたとえて 考えてみよう。いわゆる「はやい」といわれる人は、最高時速200kmの車のようなものである。一方、「はやくない」 人は、最高時速100kmの車である。「はやい」人も「はやくない」人も、普段は最高時速の半分くらいのスピードで 走っているとしよう。この最高時速には個人差があるが、最初から最高時速にこれだけの差があるので、 「はやくない」人が努力しても、「はやい」人がちょっとスピードをあげれば追いつけないのである。 わかりやすくするためにたとえには少々極端な設定をしたが、「感じのはやさ」の差にはこのくらいのきびしい 現実があると理解していただきたい。そして、残念なことに「感じのはやさ」はこれにも個人差はあるが、20代も 後半になってくると、悲しいことに右肩下がりに徐々に遅くなってくるのである。
 というわけで、シンプルに考えての自分の「感じ」をはやくすることは、必要な努力であるとは思うが、 解決策としては限界があることを認識しなければならない。別のたとえでいえば、身長差のようなものなので、 成長完了年齢後は、努力によって身長を伸ばすことができないのと同じような資質なのである。他の要素で 補う方法を考えるべきなのである。
 「感じ」をはやくすることとは別の要素で補うということを考えてみよう。ひとつには、払いのスピードをあげること であろう。これは、上記のたとえほど絶望的な差ではないだろう。加齢による肉体的な衰えはくるが、 「感じのはやさ」に対する努力よりは報われる努力だと考える。そして、もうひとつの要素は、払いの正確さを 伸ばしていくことである。この要素も、努力が報われる技術である。
 しかし、これは苦手対策というよりも、強くなるための基礎的なそして本質的なスキルアップの話でもある。
 はたして、苦手対策といえる方策はないのだろうか?

 対策を考えるためには、感じのはやい相手個々の特徴をとらえることが肝腎である。
 「感じのはやさ」を苦手とする人の中で多いのは、「一音目」に対する反応のはやさに関してではないだろうか?
 こちらが、一音目を認識して動き出そうとしたときには、すでにその一音目の音で始まる札に相手の手が来ていると いうような印象があるのではないだろうか。もちろん、これが一字決まりの札であれば、相手はそのまま出札を取る。 こちらは、相手がはやいと思い込んでしまう。しかし、二字決まりや三字決まりの札に対して一音目でこられたとして どうであろうか?ここをしっかりと見極めなければならない。
 一音目のはやさにしても、「S」音できて待って押さえる人もいれば、「S」音で札に触ってしまい、お手つきする人も いる。二字決まりや三字決まりにしても、早くきすぎて上空で待って押さえたり、がまんしきれずにお手つきするケース もある。待って押さえる場合、タイミングぴったりで待っているその手の下から出札を払うことが可能だ。
 「お手つき」の可能性と、上空での待ちの手(手が浮く)という事象がみてとれるようであれば、 その弱点をつくことこそが苦手対策といえるだろう。
 相手の「お手つき」という弱点をつくのであれば、最大の対策は「自分がお手つきをしない」ということである。 そして、送り札は、徹底して自陣と相手陣に初音をわけて、「お手つき」がでやすい場面をつくることである。 もちろん、その「お手つき」をしやすい場面で自分がお手つきをしてしまっては元も子もないので注意してほしい。 「お手つき」をしないためには、相手の手につられてしまうという「苦手意識」を生じさせる事象をおこさないという ことも大事なポイントである。そういう相手と取っていくうちにどの音の札のときに危険な状況かが経験則的に わかってくることと思う。そういう札は、相手の手が出てくるのを見届けて、自分の「感じ」で、出札の決まりを 確認した上で手をだすようにすればよい。その上で、払いのスピードと正確さで出札にアプローチすればよい。 すでに相手に取られていたら、それは「感じのはやい」人が相手なのだから仕方がないと思っていればいい。取られて 悔しがる必要はない。「別の札を自分が取ればいいのだから」と気持ちを切り替えることである。
 対サウスポーの時にも書いたが、「自分のペースを守る」ということが肝要である。

 ただし、「感じのはやい」相手に注意すべき点がある。それは、枚数が少なくなって、残っている札に一字決まり に変化した札が多くなると、その相手の「感じのはやさ」は強力な武器になっている。この武器を相手に活かさせない ようにするためには、終盤に入る前に先行逃げ切りの体制を築いておかなければならないので、序盤からリードを 広げることを心がけてほしい。

 ざっくり、対策をまとめておこう。

 (1)相手の「感じ」や「手の動き」につられることなく「自分のペース」を守ろう。
 (2)相手の「感じのはやさ」は諸刃の剣と認識し、「お手つき」や「手の浮き」などの弱点を突こう。
 (3)「払いのはやさ」や「正確な取り」などの基礎力のスキルアップをしよう。


 以上を「苦手克服」の対策として提案する。

 最後に一点、追記しておきたいことがある。「感じのはやさ」は、ある意味強力な武器である。諸刃の剣の 負の部分がある場合は上記の手法である程度の対策ができるが、この負の部分を克服した選手が相手の場合、 それは相手が「強い」ということになる。「感じのはやさ」をコントロールできる選手といっていいだろう。 「音に対してはやく感じ」ているのだが、その感じを「タメ」ることができる選手などは、お手つきが出る可能性 も低く、「タメ」るがゆえに「払いのスピード」とのコラボレーションができ、「手が浮く」などの事象がおきない のである。これに出札に対しての取りの正確さが加われば、鬼に金棒である。
 「感じのはやくない」選手にとっては、「難敵」といわざるをえない。自分の持つ技術、能力を総動員して 戦い、日ごろからの実力の底上げをはかって対峙していくしかないのである。
 まだ、苦手意識のテーマは残っている。では、また。

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