"競技かるた"に関する私的「かるた」論
番外編
苦手意識の罠(4)
〜上段つかい編〜
Hitoshi Takano Jun/2017
「苦手意識の罠」シリーズの第4弾である。今回は「上段つかい」をテーマとして取り上げる。「上段つかい」とは
上段中央部に一定量の札を置く選手のことである。
「上段つかい」については、本稿本編の第1回に書いているので参考にしていただきたい。
「上段論〜主に中央部の利用について〜」
では、第1回の分析を思い出しながら考えていこう。第1回では、自分も上段中央に札を置く選手で「上段つかい」相手に
苦手意識を持つケースと、自分は自陣の上段中央には札を置かずに「上段つかい」に苦手意識を感じるケースを指摘したが、
本稿では前者については取り上げない。なぜならば、「上段つかい」が「上段つかい」に苦手意識を持つということは、
「上段つかい」の風上に置けないと思うからである。「上段つかい」ならば、「上段つかい」らしく自分自身で答えを
見出すべきである。解決のヒントとなる材料はすべて自分の経験と技術の中にあるのだから…。
というわけで、ここでは自陣の上段中央には札を置かない選手で、「上段つかい」の選手への苦手意識を持つ選手を
対象に論じることとする。
論じる前に一点確認しておくことがある。毎回書いていることではあるが、「苦手」なのか「実力差」なのかの
見極めはできているかという点である。「実力差」で負けることと「苦手意識」で負けることは、異なる事象である。
「負けた」という事実のみが共通である。「相手に苦手意識を植え付けるのも実力のうち」という表現をする人も
いるが、一部分は真理ではあるものの本質的な実力差とは異なるものだろう。
さて、サウスポーへの苦手意識の分析でも指摘したが、「不慣れ」は共通のキーワードである。
上段中央を使う選手との対戦が、ほとんどないことに起因する。私の所属する慶應かるた会の練習において、
ここ2〜3年で練習にそこそこ顔を出す選手のうち、「上段つかい」は私一人になってしまった観がある。
これは、サウスポーの数よりもはるかに少ない。これでは、慣れようがない。
普段、上段中央に札を置く選手と対戦していないがためにおかしがちなミスの代表格は、敵陣を攻めて自陣に戻る場合に
「低く・はやく」を意識しているせいもあって、上段の中央付近に配置してある札をひっかけてしまい、
「お手つき」になってしまうことではないだろうか。
また、取りに関する観点では、上段中央の札を取るタイミングが取れないこと、押え手にいって下から突き上げられて
しまうことなども多いだろう。暗記面では上段中央に慣れてないがゆえだろうか、「なぜかはよくわからないのですけど、
なんとなく暗記が入りにくい気がするんですよね」という声は過去になんども聞いている。これは、わりと競技かるたを
始めて日の浅い選手に多い。
その他としては、上段の札が気になって敵陣下段への攻めが甘くなってしまうということを言っていた選手もいた。
では、順番に解決策・対応策を考えてみよう。
まずは、上段中央を自陣に戻る際に引っ掛けてしまうという事象である。
原因は「不慣れ」につきる。普段は、敵陣・自陣ともに上段中央に札がないので、引っ掛けることなど気にせず
「はやく・低く」の原則で思い切り戻っているので、普段どおりにしたら、引っ掛けてしまったということである。
そこに札があることを認識したら、引っ掛けない高さで戻ればいいだけだ。とは言うものの、引っ掛ける低さという
のは、札がなければ畳を摺っている低さということになる。当然畳と手との摩擦がおこるので、戻りの軌道としては
普段から適切でないということの証左である。札一枚の厚さぎりぎりの低さなので畳との摩擦はないというくらいの
繊細さで戻っているという反論があるとすれば、そのような技術を使いこなすくらいだから、零コンマ数ミリ軌道を
高くすることなどわけなくできるだろうと言いたい。どちらかといえば、繊細でなく粗い勢いに任せた戻りだから
引っ掛けると考えたほうが自然だろう。
この戻りの際に上段中央の札をひっかけない練習は、実際に「払い練習」で可能だ。取札を裏返し、相手陣上段に
16枚並べて、相手陣を攻めて戻るという練習を繰り返せばよいのだ。もし、上段をひっかけるとすれば、何枚目の札が
動いているかをみれば、自分の戻りの軌道がどのあたりを通過しているかを確認できるので、上段中央対策のみならず
戻りのスキルアップのためにも役立つ練習となる。この練習ならば、相手がいなくても可能な「不慣れ」克服のために
有効な練習となる。
次に検討する事項は、上段中央の「取り」についてである。よく言われる苦手ポイントを列挙してみよう。
(1) 突き手がうまくできない
(2) 押え手にいって下から突き上げられてしまう
(3) 決まり字のタイミングが取れずに手が浮いてしまう
(4) 場所を正確に把握できずに出札と違う札に手が行ってしまう
これも、すべて「不慣れ」が原因と考えてよい。慣れるための練習相手がいない場合、慣れるためには
実際に敵陣の上段中央に札を並べての「払い・突き練習」をすればよい。突き手は、練習すればできるようになる。
ポイントは突き指をしないように突く直前までは指を丸めてアプローチし、最後に指を伸ばすことである。また、
指は開かずに数本つけて手を出すことである。そして、タイミングが取れない人は、手元で「タメ」る技術を
身につけてほしい。上段中央は、構えの際の手の置き場所からは、ショートレンジなので特に3字以上の決まりの
場合は、どうしても手元の「タメ」が必要になる。もちろん、囲いの得意な人は、はやく行って囲うという手段も
あるが、突き込まれる隙間を作らないことがポイントになる。
押え手はお勧めしない。だいたい普段から押え手をしない人間が押え手をすると高さが出て、決まりが長い場合
二段アクションになってしまうので、その隙を相手から突き手で突かれてしまうことになる。長い札を押え手で
取りに行くならば囲ったほうがよい。決まり字の短い札を押え手で取るならば、ポイントは手の低さということに
なる。もちろん、低い押え手を身につけるべく札を敵陣上段に並べて「払い・押え練習」をしてもよいが、
上段中央を取るために練習するのであれば、「突き・払い」のほうが汎用性とスピード感に優れるので、
優先すべきである。
タイミングが取れないケースは、すでに述べたが「タメ」を身につけて対応するのが一つの回答である。しかし、
上段中央以外については、ここで検討する対象者は、「タメ」を身につけているはずである。なぜなら、他の札の
位置については各段について自陣も敵陣も払って取っているからである。各選手は「払い手」を身につけている
という前提で考えれば、上段も身についている払い手の感覚で「タメ」をつくればいいし、上段中央の取りも
あらためて「突き手」や「押え手」を身につけなくても「払い手」で対応可能なのである。今までもおこなっている
敵陣上段の左右の払いをそれぞれ中央にずらしていけばよいのである。もし、中央の札を払うことに違和感を感じる
ならば、10枚〜12枚くらいの札を敵陣上段に均等な間隔で1枚ずつ離して置いて、「払い練習」をすればよい。
上段中央に札がつかずにそれぞれ間隔をあけて配置されているので、札から直接いかなければならないと思い込み
がちだが、「払い」であれば慣れた「札押し」の感覚でよいのである。不正確であっても、相手陣から「札押し」で
競技線外に跳ね飛ばしてしまえばよいのである。これで4番目の課題への解決策は見つかった。
何も上段中央の札だからと言って、特別な取り方を考える必要はない。普段どおりの「払い」の技術で対応可能で
あると「自然体」と「マイペース」を守ればよいのだ。サウスポー編で述べた「自分のペースを守る」ということと
共通する対策なのである。
次の課題は「上段中央に置かれると暗記が入りづらい」という事象である。これも「不慣れ」が原因である。
それ以上に「思い込み」もあるのではないだろうか。自分で勝手に「覚えづらい」と決め付けてはいないだろうか。
普段の暗記となんら変わらないと考えよう。敵陣の札を一枚一枚、しっかりと自陣の同音の札と紐づけて暗記すれば
自ずから暗記できる。おそらく、「この札を突きで攻めて、違ったら自陣にこう戻る」とか考えることで、普段の
払い中心の暗記のリズムが乱れるのが覚えにくいと感じる原因ではないだろうか。
この対策も基本的には「自分のペース」を守るということなのである。
最後の「上段が気になって、敵陣下段への攻めが甘くなる」ということへの答えも、実は同じである。普段の
自分のペースを守ればよいのである。上段を気にすることなく敵陣の下段を普段どおり攻めればよい。相手の
上段中央が取れなくても、他の配置の札を取って補えばよいという気持ちの持ちようが大事なのである。
では、まとめよう。
原因 : 不慣れ
対策 : 手持ちの技術の応用,
自分のペースを守る
対策のオプション : 敵陣上段中央に札を置いての「払い・突き練習」,
「タメ」の技術の修得
以上で「上段つかい」を苦手とする方への対策は終りである。
第1回にも書いているし、毎回指摘しているが、「実力差」を「苦手」という認識でとらえていないかということは、常に考えてほしい。「苦手」という括りで「実力差」を勘違いするとその後の自分自身の実力アップや苦手対策を間違えてしまうことになるからだ。
そして、本稿を書いていて気付いたのは、「苦手対策」としてのスキルアップや練習、気持ちの持ちようは、実力アップのための基礎力向上に役立つということである。
なによりも大事なのは、やたらと「苦手」分野を作らないことである。負けたときに「この相手は○○だから、私の苦手なので仕方ない」という逃げに利用しないということが大事である。苦手だからこそ苦手を克服することに意義がある。「苦手意識の罠」に込めた意味の中には、「あきらめ」や「言い訳」「逃げ」の気持ちなどのネガティブなものが含まれている。このネガティブなものこそが「罠」の正体である。
「罠」を逃れるためには、「苦手」を克服しようという向上心が大事である。克服のためにこれだけ自己改革したとか、これだけ対策の練習を積んだとか、自分自身に「自信」を持つことがポイントとなる。「自信」はポジティブな感情である。
ポジティブな感情で、ネガティブな要素を駆逐する。それこそが、「苦手意識の罠」から逃れる術である。これを総括として4回に渡った本稿の筆を置くこととする。
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