TOPIC   "番外編"

第8回慶應義塾職員名人戦評

〜“腰痛”と“かるた”〜

Hitoshi Takano OCT/2011

 早いもので、職員名人戦をはじめたのが2005年4月だから、丸六年半ということになる。
 しかし、今回は、実施前に開催の危機を迎えていた。私は、9月19日にぎっくり腰で、ハリ治療などをしながら、少しずつ回復してきているものの、試合日にもまだ腰には軽い違和感をもったままの出場である。したがって、この日に夏の練習の成果を維持し続けるはずの練習計画は崩壊。丸1か月練習をしていない状況である。腰痛になった直後は、最悪の場合は、当日休場も考えていた。
 一方、出場者の一人で、打倒高野に燃える戎井三段は、10月になってから突然の腰痛。本人いわく軽いぎっくり腰とのこと。鍼灸院にいったものの、コルセットでガードしての出場である。こちらも腰の具合によっては、休場の可能性もあった。
 最悪のふたり休場は避けられたが、戎井三段が休場の場合は、高野と鈴木初段の三番勝負ということになる。しかし、当日は、戎井三段の出場決断により、三人のリーグ戦となった。体調の点でいえば、鈴木初段がもっとも万全であった。
 今回、初めてというのは開催の危機だけではない。初の試みもあった。今までは、現役の練習に便乗し、大会進行も手伝ってもらいながらの運営であったが、日吉での現役の練習参加者が増え、余裕のある試合場所の確保が難しいことを配慮し、OB/OG練習会を兼ねて、三田キャンパスの婦人室を会場にしたことである。模擬講義で受験志望の高校生で賑わう中での試合であった。試合と並行で3組の対戦を行った。

 第一試合は、札による抽選で、高野五段VS戎井三段となった。ここで負けたほうが二回戦を戦い、優勝決定は三試合めにというのが運営手順である。
 打倒高野を標榜し、秘密練習さえ辞さない戎井の執念の取りがみられるかと期待されたが、よほど腰痛がきびしかったようで、序盤からお手つきを連発し、自己崩壊。敵陣を取りにいくのに腰痛の不安があり、思い切りとれない上に、時折感じる腰の痛みに集中力が維持できなかった。一方、高野は、腰痛をかばいつつもそれなりの攻めをみせ、相手のミスにうまく付け込んだ。結果は、序盤からリードを奪っての22枚差での勝利。今までの二人の対戦でもこれだけの大差がついたのは、初めてのことであった。

 続いて第二試合となるわけだが、ここで戎井三段が鈴木初段に19枚差以下の枚数で勝ったとしても、たとえ、高野が鈴木に負けても19枚差以下の枚差であれば高野の優勝が決まるということになる。昨期より、細かな枚差でのポイント制を導入したことによる。ところが、戎井三段は腰痛を理由に二回戦を棄権し、鈴木初段の不戦勝。棄権の際のポイントの扱いを決めていなかったことはルールの落とし穴であった。ルール整備が宿題として残った。

 第二試合は、OB/OGの練習だけが二組行われ、いよいよ第三試合となった。決勝戦である。ここで勝ったほうが優勝なので、枚差ポイントは関係なく勝敗が決まる。
 序盤において、鈴木初段の連取、高野五段のお手つきがあり、18枚対23枚と鈴木初段がリードを奪う。高野は、ここで、一桁枚差に入るくらいで追いつくことを目標とし、焦ってお手つきをしないよう気持ちを切り替える。
 しかし、中盤を得意とする高野五段が、自陣上段の取りと腰に負担の少ない敵陣の左の攻めで、あっという間に逆転し、相手のお手つきもあり、リードを奪い返す。リードを奪ったあとは、腰の不安をものともせずに、敵右下段の思い切りのよい攻めなどを見せ、10枚差での勝利をおさめた。

 試合後の折笠五段の講評によれば、高野の「右下段攻め」の気迫に鈴木挑戦者の気迫が及ばなかったとのことであった。
 気迫で札が取れれば苦労はないが、試合を構成する彼我のメンタルな要因を作用する要素の一つであることは間違いないだろう。

 これで、慶應義塾職員名人位も6期めとなった。あと一期で永世位となる。しかし、戎井三段の阻止宣言。そして今年の捲土重来を目指す気迫。そして、高野を阻止するための信濃町の刺客の参戦の可能性など、きびしい要素はいっぱいある。私も、今年のような調整ミスをすることなく事前の準備から万全を期したいと思っている。

 さて、今年の経験から感じたことがある。名人戦の日付は決まっている。そこに万全で臨むことのむずかしさである。何期も名人を続けていれば、調整に失敗し、体調が歩いときもあることだろう。それでも、棄権をしては、斯界の最高峰の試合は、ぶち壊しである。体調が悪くても名人は、場合によっては挑戦者に首を差し出すために出場しなければならないということである。我々のような職場の仲間内の試合でも、それを感じるのである。弱くなったら引退しなければならない横綱の覚悟と同じような思いを歴代名人は覚悟してきたのだなということに思い至ったのである。
 試合日が決した以上、体調不良は言い訳にはならない。調整ミスは自己責任なのである。この厳しさがあるからこその名人戦なのである。
 腰痛については、今回、いろいろ勉強した。腰痛は現象であり、原因は体のゆがみや背中や肩の緊張などの肉体的ストレスと精神的ストレスにあるということである。このストレスをためるコップは容量が決まっている。ストレスを捨てていかないとコップにはストレスが溜まり、しまいには表面張力で目いっぱいになり、そして、コップからあふれだす。このあふれだした状態がぎっくり腰(腰痛)である。表面張力の状態からこぼれるのに大きな負荷がいるわけではない。ちょっとの振動でも表面張力いっぱいのコップからは水がこぼれる。それと同じように、それこそちょっとした拍子で腰をいためてしまうのだということだそうだ。
 そして、腰痛という現象につながるストレスには、横座りがあったり、背中や首・肩・腰の緊張も該当するそうである。そう考えると、競技かるたのフォームや、読みの音を聴こうとして、体と心と神経を集中させ、弛緩させることの繰り返しは、このすべてにわざわざストレスをかけることである。競技かるたという競技自体が、腰痛によくない競技であることがわかる。
 これを防ぐための方策というものを、しっかりと考えておかないとならない。特に年齢的に肉体が弱くなってきているのであれば、若い時よりもきちんと自分の体を日ごろからケアしておかなければならないのである。もちろん、試合前の準備運動も大切であろう。

 今回、10月8日の試合を目指して、腰のケアを続け、また、試合当日の二回戦の休憩も、決勝戦のために肉体を休めることを考えて実践した。腰をいためたことで万全とは言えない体調ではあったが、夏の練習の蓄積があったうえで、その腰をカバーして試合日になんとかその時点での最大限のパファーマンスを出そうと努力したことは、加齢とともに競技を続けるうえでのよい経験になったものと考える。

 来期に向けて始動したいところではあるが、次の目標は、まずは春の職域学生大会である。今回、しのぎを削った仲間とともに、E級6位以内を目指し、頑張りたいと思う。


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