TOPIC   "番外編"

「ちょうど」を変えた「ありあけ」

〜自動読上機の功罪〜

Hitoshi Takano MAR/2013

 タイトルをみてなんのことかわかる方は、相当に競技かるたの世界に浸かっている 方であろう。しかも、十年以上前からの…
 「ちょうど」と「ありあけ」については、本文の中での説明を読んでいただければ、 ご理解いただけると思う。そして、サブタイトルの「功罪」であるが、結論から言って しまおう。「功」は多く「罪」は微少である。

「ありあけ」以前と「ありあけ」以後

 まずは、「ありあけ」とは何かを説明しなければならない。百人一首に触れられて いる方が思いつくのは、壬生忠岑の歌「有明のつれなくみえしわかれよりあかつき ばかり憂きものはなし」の第一句「ありあけの」が思い浮かぶことだろう。
 ネーミングはおそらくそこから取られたのであろうが、本稿で示すのは、勘の良い かたは、サブタイトルからお気づきかと思うが、百人一首の自動読上機の商品として の名称である。
 商品については、以下のWeb−Siteをご覧いただきたい。
 ↓
  http://www.moubic.co.jp/ariakemiyabi/ariake/
 おもに競技かるたの愛好家たちをターゲットにした、百人一首の自動読上機であり、 競技かるたの読みに対応している。しかも、専任読手の読みである。
 開発は、マウビックという静岡県浜松市 にある会社である。最初に発売されたのは、2003年である。
 最初は、読手は五味専任読手のみで、キャリー用の持ち手はオプションで別料金の 仕様であった。その後、リモコン仕様やICカードの交換による男性の専任読手の登場 があり、専任読手のICカードのラインナップも数が増え充実してきた。さらには、不 評だったリセットボタンも最新機種では撤去され、利用者の声を反映させた商品として 進化を遂げている。
 私個人としては、2004年に私のWeb-Siteを見たマウビックの方からのメールでの 販促を受け、購入し、個人練習を中心に使っていたが、慶應かるた会が会として 「ありあけ」(リモコンなしの初期型)を入手したのは2007年のことであった。
 丸5年、足掛けで言うと7年にわたる利用で、相当ぼろぼろになった。ボタンでは なく、切り替えレバーを強く押してしまい(たたくと言う表現が適切かもしれない)、 切り替えレバーが陥没し、振動によりリセットされてしまうようになってしまった のだ。そういうわけで、2月には2代目を会で購入した。リモコン仕様でICカードで 読手を変えられる進化したタイプである。初代機も修理して、練習場所が二箇所に わかれてもどちらでも「ありあけ」が使えるようになっている。

 「ありあけ」が、かるた会の練習風景に馴染むようになってから、「ちょうど」の 意識があきらかに変わったように思う。
 私が学生のころ、「ちょうど」は奇数だった。対戦者が2名で一組、そこに読手が 1人いて、これで「ちょうど」だった。偶数だと対戦者がいて、読手がいて、そして 「休み」がいた。読手を「ヨ」、休みを「ヤ」と言い、偶数の人数だと次は「ヨ、ヤ」 がでるねなどと会話したものだった。
 「ありあけ」の普及以降、あきらかに意識が変わった。「ありあけ」以前は、偶数 だと取れない人間が2人もでる半端で、読手が1名確保できて他の参加者が全員取れ る奇数が「ちょうど」であった。しかし、「ありあけ」以後は、読手のいる奇数は、 取れない人がいる半端で、取れない人がいない偶数が「ちょうど」になったのだ。

 「ありあけ」は「ちょうど」の概念を変えたのだ。

 「ありあけ」以前にもカセットテープに読みを吹き込み、二人しかいない練習など で使うことはあった。練習場に2人しかおらず、私が顔を出してやっと1試合が成立 などというシーンもあり、特に2人しか集まりそうにないときの効率的練習のために はカセットテープ、カセットコーダーは必要なものだった。
 現在にいたる東大かるた会の勃興期に東大練習にいったときは、偶数のときは、当 然のようにカセットテープをまわして、「ちょうど」で取っていた。「ちょうど」の 感覚をいち早く偶数にシフトしたのは彼らだったかもしれない。
 私も、カセットテープにはお世話になった。A〜Zまで26本のテープにA面・B面で 52回分の読みを用意して、2人しか集まらないメインキャンパスから離れた キャンパスでの練習に利用していた。
 ただ、カセットテープは、二度目に使うときに記憶の断片がよみがえってくること があり、使い回しにも限界があった。こうした経験があったので、「ありあけ」の 発売は、人数が少なく練習回数にも限りのある組織には、まさに福音であった。
 思えば、今の慶應の現役は、慶應かるた会に入会したときから、かるた会の練習 には「ありあけ」があるのが、あたりまえのメンバーだけということになっている わけだ。
 彼ら、彼女らにとっては、最初から「ちょうど」は偶数なのである。

「ありあけ」の功罪

 はっきり言って、機能性・使い安さ等々から言っても、練習の効率性向上から 言っても、「功」が大であり、罪などはほとんど浮かばない。
 製品的なリクエストポイントは、初期タイプからリセットボタンをなくしたように 改良の余地があるというだけで、「罪」ではない。
 改良点というか、リクエストは次の点である。

(1)持ち運びを前提としない、すなわち練習場に備え付け利用の場合、現在の筐体の 大きさは、適切であると考えるが、他の荷物とともにさまざまな練習会場に持ち運ぶ ような場合には、少々、かさばる感じは否めない。そういう持ち運び仕様の小型化 製品の開発を望む。
(2)リセットボタンがなくなったことはよいが、電源スイッチを切ればリセットされ、 電源コードに足を引っ掛けるなどしてコンセントから抜いてしまえばリセットがかか ってしまう。こうした事故や、試合途中でコンセントから一回抜いて場所を移動 せざるをえないような状況に対応できるように、内臓予備電池であやまってコン セントから引き抜いても、途中までの状況を維持して再開できるような仕組みを 入れてほしい。
(3)競技用モードと家庭用モードを試合途中で切り替えることができないが、これが 可能になると便利である。
(4)決まり字五色のスマホアプリなどを用意しているが、この機能を組み込むと 時間が少ない時などの練習に役立つ。

 さて、「功」については、「偶数」で「休み」をださない練習時の効率性向上を 筆頭に、2人だけの最小単位での練習への貢献、自宅でのひとり練習への貢献が 続くように思える。
 そして、専任読手の読みに日頃から触れられる点が「功」として大きいだろう。 読みの上達に大事なのは、やはり読みのうまい人の読みを聞き、自分でそれを真似 て読むという実践を積むことであるからだ。
 そうするとここで、少しばかりの「罪」が見えてくる。
 競技者たちの読みの機会を減らしているのである。読みをすることで、競技に 役立つ気づきを得ることも多々ある。だから、競技者は、単に取るばかりではなく 読みを知り、読みを実践し、読んで取れる競技者を目指すべきだと思う。それには、 実際に取っているシーンにおいて一定回数以上読むということも大事なことである。 ここに少しばかり機会の減少を生じさせてしまうわずかな「罪」があるだろう。
 喉が痛いとか調子が悪いと言って、奇数のときに当たった読みを自分でしないで、 「ありあけ」の操作ですましてしまうケースもあるように思う。こういう便利な 機械があれば、安易な手段に流れるのもやむをないかもしれない。特に「ありあけ」 以後にかるたを始めた人間にとっては、こうした環境はすでにあったのである。 この環境を生ぜしめたのは、「ありあけ」の普及といえるだろう。
 あえていえば、あとは、ライブ感の不足だろう。いくら専任読手の読みといって も、実際の公式戦で「ありあけ」を使うことはない。「ありあけ」がいくら優れて いるといっても、機械再生の音声である。生身の人間である読手の微妙な呼吸や 雰囲気は、「ありあけ」からは伝わらない。名人戦などの大舞台で専任読手は 読みをするが、その時々で緊張感もちがう。気温や湿度なども時々で異なる。 読手の体調さえ同じであろうはずがない。そうした生身から発するすべてを 読みという音声を通じて競技者は感じるのである。この感性を感じるべく 研ぎ澄ましていくには、生の読みに接することが一番である。この機会を「ありあけ」 が減らしたともいえるのだ。
 とは、言うものの2人しか練習場にいないときの「ありあけ」の存在は大きい。 まず、2人で取れてこその生読みからの学びである。生読みから学ぶということは、 まずは、2人の対戦を実施してからのことであり、人数が多かったとしても、練習回数 をこなした上での、その上でのアドバンスドの練習なのである。
 結論に戻るが、「功罪」とはいうものの、「功」が「罪」をはるかに上回るので ある。

 マウビック社と「ありあけ」には「ありがとう」と感謝の言葉をおくりたい。

<追記>
・マウビック社へのリクエストをもうひとつ…暗記時間計測機能を本体に組み込んでほしい。時間計測用スイッチを押すと「ただいまより15分の暗記時間を計測します」のアナウンスが流れ、2分前(13分経過後)には「試合開始2分前です」のアナウンスが流れる。そして、15分経過すると「暗記時間終了です。ただいまより読み始めます」のアナウンスが流れるというものだ。そこで、使用者は、普通のスタートボタンを押して試合を開始するという感じになればよいと思う。(2014年8月)
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