TOPIC "番外編"
「攻めがるた」は守り?
〜保守的ということ〜
Hitoshi Takano May/2022
先月で、競技かるたを始めて44年目のシーズンに突入した。
年齢も還暦を越えて数年が立つ。
そして、仕事の上でも定年まで3年弱となった。
このような状況で、自分自身の今現在の考え方の傾向を思うに、「リターンは小さくとも、リスクを小さくすることを重視する。」
「物事は慎重にすすめる。」「安全第一。」「前例を尊重する。」といったことが浮かんでくる。
こうした傾向が、自分自身の上に今までの生来の性格や経験則で身につけてきたもの以上に強く出ているように感じている。
もちろん、仕事の上では立場もあるので、それでは、組織の発展にスピード感をもって対応できないのではないかとか、
中長期的な大きな発展に寄与できないのではないかと、あえて自身の中に潜む保守性を封印して、事業の明るい未来や
関わる人たちが魅力と感じるところに想像をふくらませ、どうすればその事業を遂行し、実現に向けていけるかを考えようとはする。
前例がない、リスクがある、コストがかかる等々、マイナスの要素を中心に思考すれば、その事業は進んでいかない。
はたしてそれでいいのだろうか?
ある程度のリスクを覚悟してでも、大きなリターンを将来得るためには、どうすればいいのだろうか?
自問自答の中で、今後その事業に関わり、恩恵を受けるなり、リスクを背負うなりの次世代のことを考えることは大事なことだ。
自分が、将来のリターンの、そして、これからの成長の、そうした芽を摘んでしまってはだめだということは、肝に銘じているところである。
話が仕事のほうにぶれてしまったが、これは、かるた界にも通じる話である。
職域・学生大会の実行委員を4年弱の期間務めさせてもらったが、半分以上は新型コロナウイルス感染症対策のため、実施の可否と可否基準策定の議論に時間を費やすことになった。
職業柄か年齢のせいか、どうしても私は慎重論にならざるをえなかった。しかし、それでいいのか、なんとか実施する方策はないか、他の委員の問いかけに、毎回煩悶していた。
その中で、競技人口の大きなボリュームをしめ、大会実施の運営のボランティアとしても質・量ともに大きな貢献をしている大学生とその上の年齢の若い選手層のニーズを
自分は理解し、そのニーズに応えるための何か解をもっているのかということを痛切に感じた。
職域・学生大会の構成の中では、職域チームという少数派に属し、年齢層としても相当上位である少数グループでもある自分は、所詮その少数者としての視点からしか
事象をとらえていないのではないかとの思いは常にあった。もちろん、老若男女が楽しめる競技であるから、少数派の意見も反映させ、バランス良く運営することが大切である。
そのためには、私の年齢や経験も役に立つことはあるだろう。そういう思いもあるとはいえ、斯界の未来に責任を長く持ちづづけるのは、やはり若い世代である。
どうしても慎重になりがちな、必要以上にリスクをとることを避けようとしがちな、
おそらくは若い世代からは「保守的」・「非改革派」と見られがちな自分が実行委員の貴重な一つのポストを占めていてもいいのだろうかという思いは次第に強くなってきた。
そういうわけで、今年の3月31日をもって実行委員を退任し、時代に新風と入れてくれるとおぼしき若手にそのポストを明け渡した。
きっと時代の要請と若手競技者のニーズに応える視点で実行委員会を盛り上げてくれることと期待している。
さて、こんなことを考えていたら、競技自体の各論でも少し気になることがでてきた。
今では、「攻めがるた」は斯界では、ポピュラーである。しかし、競技かるたの草創期は、そうでもなかったようである。
明治44年の団野朗月氏も「初心者は重に守勢を取るもの」と書いている。私も教える人がいなければ、自然に「守りかるた」になるのではないかと思っている。
草創期であれば、教える人も少なかったことだろう。今に比べれば、「攻めがるた」よりも「守りかるた」のほうが多かったのではないだろうか?
競技人口が少なければ、教える人も少ない。草創期は、地方と都市部には競技人口の差もあるし、情報の差もあったことだろう。
ゆえに、地方に「守りかるた」が多かったという話も伝え聞く。
そうであるからこそ、「攻めがるた」の選手が強豪として認められていたわけであり、競技者として経験を積んでいくうちに、「守り」から「攻め」への気づきが「目から鱗」であったに違いない。
それまで「守り」でかるたを取っていた選手にとっては、「攻め」こそが革新的であったわけだ。「守り」はその字のとおり、当時としては保守的な手法であったのだろう。
現在は、概念としての「攻め」こそが主流であり、細かな戦術レベルではバリエーションもあるが、戦略レベルでは「攻めがるた」がポピュラーなのである。
「攻めがるた」という概念こそが、現在では斯界の中において保守的になってしまったのである。
これで、今回のタイトルの意味がわかっていただけたのではないかと思う。“「保守的」=「守り」”ということで、“「攻めがるた」は守り?”としたわけである。
では、現在かるたにおいて、「守り」が革新的なのであろうか?
これは、決してそうではないと思う。「攻めがるた」といっても、グラデーションがあり、黒に近いグレーから白に近いグレーまである。
要は、バランスであるのだ。戦術レベルの「攻め」と「守り」の工夫が求められる時代になったのである。
粂原前名人のかるたには、様々な意見があったが、他者とは異なる個性が光るからこその意見であり、いわゆる保守的な「攻めがるた」とは一線を画すものであったと考える。
「攻めがるた」を先輩が後輩に指導することはもちろん大事だと思うし、初心者が先輩から「攻めがるた」を教わり、実践してその技術を磨いていくことは強くなるために必要なことである。
ただ、ある程度「攻めがるた」が身についたら、それを金科玉条として守るのではなく、ぜひ自分なりに疑問を感じたりしたら、自分の個性をふまえて工夫をしていってほしい。
工夫のないところに進歩はないと思う。「攻めがるた」が「保守的」であっては、「攻めがるた」は進化しない。
「攻めがるた」が守りに入ってはいけない!!
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