短期集中連載「かるた小説」(1)

Hitoshi Takano Jan/2003


 「実験かるた小説」については、2002年3月の本欄「実験の背景」 でも記したので参照してほしいが、今回は今までとは違い、すでに競技カルタの経験者向けの実験小説とした。 そのことにより、競技の説明や競技用語の説明で、小説のリズムを崩すことを防げると考えたからだ。
 また、すでに私の実験かるた小説を2編とも読まれた方は、逆に競技の説明や用語の説明で読むリズムを 崩されることなく読めるのではないかないかと思う。
 本編は、以前発表した「む・す・め…」の続編にもあたる。
 お楽しみいただければ、幸いである。


『左下段の陥穽』(1)

高野 仁

  <第一試合>

 「難波津に咲くや此の花ふゆごもり…」

 武道館の柔道場には不似合いな短歌を詠む声が響く。

 「いまをはるべとさくやこのはな……」

 この間だ!
 この緊張感!
 四年半ぶりの緊張だ!

 あたしの五感は、忘れていた感触を思い出し、喜びと不安のないまぜになった感覚の中で研ぎすまされていった。

 「いまをはるべとさくやこのはな……」

 序歌の下の句の二回目が詠まれた。

 あたしの中での緊張と集中が頂点に達した。

 「S…」

 何も考えていなかった。
 身体が勝手に詠み手の漏らす第一音の子音に反応していた。

 構えた姿勢から、そのまま右手を左に移動させるとともに右肩を落とすと、左下段の札六枚が舞った。

 「真横に払う時は、手首を無理に返そうとしなくたっていいんだ。肩をストンと落とす感じだ。ストンと。」  あたしにカルタを教えてくれた父の言葉がよみがえる。あれは、小学校六年生の冬だった。

 「住之江の岸による波よるさへや…」

 上の句が詠まれた。「S」の子音で始まった音は、「す」であった。

 自陣の左下段には「さ」と「せ」と「しら」と「しの」の「S」音で始まる札が密集していた。しかし、「す」の札はない。お手つきだった。

 四年半ぶりの競技カルタで、四年半ぶりのお手つきである。不思議と悔しさはなかった。
 音に自然に反応していることと無意識に身体が動いたことの嬉しさが優った。父に教わった手本のような払いを身体が覚えていたのだ。

 「いける。」と思った。ブランクに感じていた不安感は、この時点で払拭されたと言っていいだろう。

 開始早々のお手つきは、いきなり二十六枚対二十四枚とニ枚差のハンデキャップとなる。

 「ユキ、ドンマイ。」

 隣から励ましの声がかかる。

 その声で、我にかえる。

 競技カルタ自体が四年半ぶりだったので、カルタ競技そのものに夢中になり、団体戦であることを一瞬見失っていたのだ。

 だいたい、あたしは団体戦はあまり好きではない。競技カルタの場合、団体戦といっても個人戦が五組あって、その結果で三勝したチームに勝点がつくというシステムである。相手チームとの組み合わせを考え、並ぶ位置を決める監督なり、主将にはそれなりの面白さもあるかもしれないが、一プレーヤーの立場では、目の前の相手に勝つこと以外はあまり考えたくない。チームメイトを励ます余裕もなければ、声をかけられてそれに返事するのも集中力が削がれるような気がするからだ。

 「静かに取らせてほしい」と心の中で思いつつ、笑顔で「大丈夫…。」と答える。

 あたしに声をかけたのは、水木花江という高校一年時のカルタ部の一年先輩で、今は大学の二年先輩にあたるチームメイトである。大学のキャンパスで彼女に偶然出逢わなければ、今ここであたしはカルタを取っていない。

 一昨日のことだった。成績表を大学に取りにいって学生食堂で昼食を食べていると、突然声をかけられた。

 「ユキ…。失礼、高橋ユキさんよね。」

 旧姓で呼ばれた戸惑いとともに声のほうに顔をあげると、そこに水木がいた。髪は茶髪というより赤く染まっていたが、まぎれもなく高校の時の先輩である。

 「水木先輩…?」
 「あなた、うちの大学にいたの?」
 「先輩もここに進学してたんですか。」
 「そうよー。久しぶりねー。ユキは高一の時に転校していったから、四年ぶりになるかしら。」
 「そうですね。四年半ぶりですね。」

 水木は、あたしが食事している席の前に座った。すると水木の隣に連れとおぼしき今ではあまり見かけなくなった肩より長い長髪の男も座った。

 「紹介するね。カルタ部の後輩で、矢沢サトシ君。こちらは、高校の時のカルタ部の後輩で、高橋ユキさん。」
 「先輩、あの…、今は姓が変わって西向ユキなんです。」
 「あら、結婚したの?」
 「……。違います。ちょっと、家庭の事情で…。」
 「えっ?ごめんなさいね。立ち入ったことを聞こうと思ったんじゃないのよ…。」

 矢沢と紹介された男は、話しの突然の展開に目を白黒させていたようだが、しばしの沈黙をおいて、思い切ったようにいきなり話しを変えてきた。

 「あの…、西向さんは…、カルタはどの程度…?」
 「高一まで、四年くらい続けて、その後は全くですけど…。」
 「サトシ、あのね、ユキはね、高一で高校選手権の個人A級で優勝しているのよ。あなたじゃ歯がたたないわね。」
 「ハナちゃん、それじゃ、明後日の団体戦…。」

 どうも頼りなげに思える矢沢が小声で水木に囁く。お互いの呼び方から、この二人はつきあっているのは間違いないだろう。

 「実はね、うちの大学のカルタ部って、私がつくったの。私と彼と、あと三人いるんだけど、今ひとり骨折中で、明後日の団体戦は四人で出るしかないの。お願い。あなたなら頼りになるわ。出てくれないかしら。」
 「えっ、でも、あたしはもう四年半も札にさえ触ってないし…。」
 「お願い。創部以来やっと五人で団体戦に出れると思っていた矢先にバイクでころんじゃったやつがいて…、夢だったのよ自分が創ったチームで五人揃って団体戦を闘うことが…。」
 「でも、あたしじゃ、先輩が創ったチームのメンバーじゃないじゃないですか。」
 「そんなことない。ユキは、高校の時からの私の仲間よ。お願い。」

 あたしのことを「私の仲間」と言ってくれる人がいる。手を合わせてまで、あたしを誘ってくれる人がいる。あたしを必要としてくれる人がいる。一番取りつづけたかった時期にカルタを離れざるをえなかった恨みが思い起こされてきた。

 「先輩、一晩考えさせてください。」

 水木の携帯電話の番号を聞き、その日は別れた。

 そして、今日、ここでカルタを取っているわけだ。それにしても、水木のチームは異彩を放っていた。赤い髪の水木に、長髪の矢沢、スキンヘッドの沢村に、銀髪五分刈の南。応援に来ているのはバイクで骨折したという春山で、耳には複数のピアスで、鼻と唇にもピアスをしている。チーム全員、迷彩柄のTシャツで揃えているのも場にそぐわない。あたしはイヤイヤながら、このおし着せを着せられた。どう見ても、あたしの雰囲気はチームから浮いていたし、チームは場の雰囲気から浮いていた。

 チームはどうあれ、試合は進んで行った。開始早々のお手つきはあったが、一進一退の攻防が続いた。残りは、双方十三枚であった。あたしの競技感が、まだ戻っていないとはいえ、相手のそこそこの強さは感じられた。ダテにはチームの主将をはってないようだ。

 「…なりけりー。つ…」

 前の出札の下の句に続いて、次の音が耳に届いた。敵の左下段五枚のうち内側二枚が「つく」と「つき」の札である。「つ」で始まる札は二枚しかないので、一音で取れる。

 「敵陣の左下段の決まり字が短い札は払おうとするな。身体を沈めて手をまっすぐに出して出札を突けばいいんだ。」

 父の声がよみがえる。父の教えのとおり身体が動いた。しかし、である。微妙に突く位置がずれた。内側から二枚目の「つき」はきれいに突いたが、「つく」を残してしまった。

 「(つ)くばねの…」

 詠みは無常にも残したほうの札であった。

 「ラッキー!」

 ワンテンポ遅れて手を出してきた相手に掛け声付きで取られることになってしまった。この取り残しは、最初のお手つきよりも痛く感じた。何故だか、むしょうに自分が取り残したことが悔しく感じられたのだ。相手の強さは感じられるものの「練習さえしていればあたしの力は、この位の強さの相手と競るようなものじゃない。」と感じたからだろう。このあと、あたしは無我夢中になった。周囲の声も気にならなくなった。ただ、競技に集中していた。

 「ありがとうございました。」

 ふと気づくと相手陣に札を七枚残して勝負はついていた。
 「ユキ!」
 声のほうに顔をむけると、親指を上にたてて水木がうなずく。
 「三勝したよ!サトシがんばれ!」
 チームで残りは一組のみ。どうやら勝点をあげることができたのだ。矢沢の試合を最後まで見た。四枚対三枚から、敵陣右を三連取したが、強引な右攻めである。フォームも硬くぎこちない感じがする。送りが奏効したところもあるが、あれで他が出たら取れるのだろうかと心配になるほどであった。最後は、自陣をあっさり守って勝負を決めた。

 水木が指導しているのであろうが、払いのフォームは水木とは全く違う。男性と女性の差もあるのだろう。一回戦が終わると昼食の時間である。一回戦開始前ぎりぎりに到着したあたしは、ここで、チームのメンバーについてその背景を聞くことができた。  沢村、春山は、水木と同じ三年生、矢沢はニ年で、南は一年生である。矢沢以外は、水木の所属する学内バンドの仲間だそうだ。矢沢は、部員募集のポスターを見て入ってきたそうだ。強さでいえば、水木がA級で、春山と矢沢がC級、沢村と南がD級だそうだ。この団体戦では、A級選手は一チーム二名までしか同時に出場することはできないので、チームに勝利をもたらすためには、水木とあたしが相手の主将・副将と対戦して勝たないと苦しくなる。席順を決める水木の責任は大きい。しかし、当たりを見ただけで勝数が計算できてしまうような団体戦では面白くないのだ。あたしは、一回戦に引き続き、二回戦以降も相手の主将と対戦したいと望んだ。別段、チームのためというわけではない。昔日の競技勘を取り戻すには、或る程度自分の実力に見合う相手との実戦での駆け引きがもっとも効果的だと思ったからだった。

 あたしは、第二試合の開始を今や遅しと心待ちにしている自分に気づいていた。

……つづく………


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