午前10時30分、札を並べ始める指示が出て、第1試合が始まった。暗記時間終了後、最初は、相手
の連取からスタートした。あせってはいけない。不思議と冷静だった。相手がお手つきをするという確信
がわいてきて、その相手のお手つきにも助けられた。中盤が終わる頃には、勝ちパターンと考えた予測通
り5枚程度のリードがあり、追い上げらても2枚差で勝てればいいと気持ちに余裕がもてた。終盤相手に
取られても仕方ないと思っていた自陣左下段「ゆう」を拾うことができ、有利に展開することができた。
最後の「おと」も出ると感じた勝負感が見事に的中し、敵陣を抜いて6枚差で勝利を納めることができた。
昼休みをはさんで、午後の第2試合は1時から札を並べはじめた。1試合目をとったのは、気持ち的に
大きかった。しかし、約20歳の年齢差と体力差を考えたとき、2試合めの負け方にもよるが、3試合め
になったら、3試合目は相手が相当に有利と考えていた。ここで決めるしか初代職場名人へのチャンスは
ないという気持ちはあったが、気負いはなかった。なぜなら、こちら以上に相手がこれを落としたら最後
と3試合目に余力を残さないような取りをしてきたので、かえって落ち着けることができたからだ。
3試合目は、相手もこれなら相当疲れている。しかも、今度は昼休みがない。若いといっても回復に時
間がかかりそうだし、なにより2試合目の暗記が残ってしまうのではないかと感じたのだ。
序盤は私が5〜6枚リードしたのを中盤、相手が追い上げ、10枚前後で追いつかれた。この追い上げ
の勢いと集中力がすごかった。私が気にしていた「勢い」だ。この勢いが余ってお手つきをするはずだと
思っていたのだが、してくれない。2試合目で決めたい。しかし、この試合はとられるかもしれない。そ
うだとしても、3試合めにつなげるためには、せめて僅差にしておかないといけない。お手つきは禁物。
そう自分に言い聞かせていた。シーソーゲームの中、しかし、私はお手つきをしてしまった。敵陣に送っ
ていた「わすれ」を自陣に置いてあった場所を払ってしまったのだ。集中力が一瞬切れた時に詠まれて
しまった感じで、それ以外のときであれば、あんなに魅入られたようにお手つきはしなかっただろう。
たしかに、このセミダブで、相手は勢いにのった。左下段同士の対角線「みかき」「みかの」はこちら
が出てとられた。攻めた私も「畳」にふれたため、相手から「触りましたか」と聞かれてしまった。たし
かに、相手に「勢い」があった。
相手は、1枚、こちらは3枚。問題の「みかき」を相手は残した。敵陣が出ると予測するならば、3枚
をわけて置き、攻撃陣形をつくるのだが、このとき、3枚詠まれる内に「みかき」が、出るかもしれない
と漠然と思った。しかし、1枚か2枚は自陣が出るのではないかという気もしていた。右下段に3枚並べ
て守ることにした。「わすれ」のお手つきは自分の責任で、これが敗因とわかっているから、相手が出て
も仕方がない。不思議と落ち着いていた。手前から「はるす」「よを」「ありま」だった。まずは一番外
側の「ありま」。守っているわりには、遅めに一枚だけ払った。この一枚を攻めに来なかった自分を試合
後、相手は悔やんでいた。そして「よを」が出て、ラストは「はるす」。この2枚を、きっちり守って運
命戦にて勝利を納めた。「みかき」は100枚目だった。
初代の職員名人を名乗れることになったのは、非常に嬉しいし、競技かるたに取り組む動機付けたりう
る試合になったことを実感できたこともよかった。
試合内容も、迫熱していて、ギャラリーである現役にもいい試合を見せることができたこともうれしか
った。
そして、もう一つ大きな収穫があった。それは、番勝負を体験できたことだ。同じ相手と同じ日に三番
勝負をおこない、先に2勝したほうが勝つというスタイルは、名人戦・クイーン戦の挑戦者決定戦とクイーン戦でおこ
なわれているものだ。(名人戦は五番勝負)
そういう機会にとんと縁のない選手としては、貴重な体験だった。団体戦が、単に個人戦5組の集合試
合でないように、番勝負も、同じ人との対戦を単に同じ日に続けてやるのとは違うということが実感でき
た。
番勝負という大きな一勝負という括りで考えて、一試合ごとに作戦や戦略があるということを実感した
のだ。NHKの衛星放送で見ながら、頭では1試合目はこっちがとったから、2試合目の心理はどうこうと
勝手に評論していたが、自分でやってみると、より実体験として、番勝負の奥深さや面白さがみえてく
る。
名人戦やクイーン戦に出たいと願う人は、もちろん、タイトル戦をより深く面白く観戦したいという
人は、ぜひ、日頃の練習の中で、機会を設けておこなうといいと思う。
職場名人戦でもいいし、同一誕生日対決でもいいし、優勝カップやトロフィー、賞品、賞状などの
気分を盛り上げる用意をして、おこなうと真剣さがましていいと思う。体験的にぜひおすすめしたい。
最後に、職員名人戦の手伝いをして、詠みや記録、審判などをしてくれた上に、賞状まで用意して
くれた現役諸君にこの場を借りて御礼申し上げたい。
また、秋もよろしくお願いします。