"競技かるた"に関する私的「かるた」論

番外編

“指導”の方法論(3)

〜言語化を考える〜

Hitoshi Takano OCT/2013


言語化とは

 「競技かるた」は、実際に自分の身体を動かして行なう競技であり、その意味では 頭脳スポーツともいわれる「チェス」や「将棋」、「囲碁」よりも、よりフィジカル なスポーツ競技に近いものがある。
 フィジカルなスポーツ競技の場合、言語化しにくい部分もあり、コーチが選手に こんな感じと身振り・手振りでやってみせたりしながら指導する場合もある。
 話は飛ぶが、書の指導などで、筆を一緒に持って、運筆するようなことも行なわれ る。これも言語化しにくいために、感覚を学ばせる手段である。
 このような「身体知」といわれる知識は、また「暗黙知」とも言われる。これを 言語化したり、数値化したりすることで、「認識知」にかえていこうという試みは いろいろな分野で行なわれている。
 たとえば、書の名人の筆圧の変化や動きを数値化し、機械に再現させる試みなど が行なわれているし、弦楽器演奏者の弦の押さえる強さを数値化し、うまい人と へたな人の数値の差を計測することで、比較し、指導につなげようということも 行なわれている。
 今まで、感覚的に語られていたことを数値化したり、分析的な言葉で表現する ことが「言語化」といえるであろう。
 上記のフィジカルな分野の言語化以外にも最初に例示した頭脳スポーツでも 局面判断などで言語化は進んできているように思う。
 これには、コンピュータの発展が大きく寄与していることだろう。
 「将棋」などでも、「この局面も一局の将棋」とか、「先手・後手ともに不満なし」 とか、「先手よし」「後手よし」と感覚的に言われていたところがある。何しろ、 プロ棋士は一目局面を見ただけで素人にはわけのわからない優劣をパッと判断 するのだ。これを感覚的といわずしてなんといおうか?
 この一瞬の判断は、数多くの局面に接してきた棋士の修行の賜物で、経験から 感覚的にすり込まれているからに違いないだろう。しかし、この判断の裏側には、 コマの損得や、局面での働き具合、玉の守りの堅さなどの判断指標があり、それ を総合的に判断しているわけである。
 コンピュータ将棋は、このような棋士が判断根拠としている評価指標をいくつも 設定し、それを数値化することで、形勢判断をするプログラムになっている。 局面の形勢判断は、判断指標の設定と数値化で言語化可能なのである。
 このような現況をふまえて「競技かるた」に関する言語化について考えてみたい。

「気合でいけ!」「根性を出せ!」の意味

 競技かるたの選手で、試合の中で「ここは気合でいくしかない。」とか「ここは 根性入れて攻める(守る)しかない。」という非常に曖昧な表現をするケースが ある。すでに言語ではあるのだが、これをもって「言語化」とは言いがたいと 思う。
 要するに勝負のポイントで大事な局面であることがうかがえ、だからこそ、 「気合」なり「根性」であらわされる何かを実践することが必要だということ である。
 しかし、本来、感想戦においてでもそうだが、ここが勝負のポイントであると いう説明を「言語化」しないと、初級者には理解できない。上級者同士であれば、 「あの『みかの』を取られたあとが勝負所だった」という会話で成り立つが、 なぜ勝負所だったのか、わからない人も多いはずだ。
 初級者の指導には、このポイントの言語化が必要なのである。
 さらに、「気合でいく」こと、「根性を出す」ことが、なんなのかを説明しない と指導にも何もなりはしないのだ。

 だいたいにおいて「気合でいけ!」は、「弱気になって攻める気持ちを出さずに 守りの気持ちになってはいけない」とか、「相手より早く手をだすくらいの積極性 をみせろ」というような翻訳ができるのではないだろうか。また、「根性を入れろ」 は、「攻めるなら攻める。守るなら守る。中途半端はダメで、集中しろ!」とか、 「暗記を入れなおして、札をよく確認し、集中力を高めよ!」というような意味で あろう。

 そんな翻訳も、言う人によって若干ニュアンスが違うかもしれないが、それより も、そうしなければならない局面の分析・評価のほうが大事なポイントなのである。

勝負のポイント

 勝負のポイントは一試合の中にそう多くあっても困る。肝心なところは、双方に とって一回くらいつつではないかと思う。しかし、ある程度基準を示しておかない と話はすすまない。これからあげる全てのケースということではなく、この中で示す ケースは、実戦において「ここが勝負のポイントだ」と思うことが多く生じるケース ということでお考えいただきたい。

 数値的なものは、目安として「えいやっ!」と決めたものである。当然、実戦では 多少の幅があることをご理解いただきたい。
 そういう点でいえば、私が「かるた攷格」で 定義づけた「序盤:最初からカラ札を含めて30枚読まれるまで」 「中盤:序盤と終盤の間」「終盤:どちらかが持ち札5枚になって 以降」という数字も個人レベルの感覚では、実戦によって多少の枚数のズレを 感じる事例だろう。
 しかし、何かを語ろうとする時、すなわち「言語化」の作業には、こうした具体的 数値を示すことが大事なのだと考えている。
===序盤===
 序盤で差をつけて、中盤で差を開き、その差を活かして終盤で堅実にゴールすると いう、いわゆる「先行逃げ切り」が誰しも望む勝利の方程式ではないだろうか。
 これを考えると序盤のミッションは、「相手に差をつける」こととなるが、実力が 拮抗していたり、相手がまさっているような場合は、トントンで中盤を迎えるとか、 できるだけ少ない枚差でついていくということがミッションになるだろう。
 こうしたミッションを考えれば、序盤の重要ポイントが見えてくる。
☆「5連取」のあと☆
 5連取されたりしたら、そこは一つの勝負のポイント。これ以上の連取をされては 相手を調子付かせるだけである。実は、5連取にいたる前にストップしておきたいと ころだが、ここは危機感をもってのぞむべきところである。
 また、逆に勝っているほうは、ここで連取をいかに伸ばせるかは、あとに続く ポイントとなるので、やはり、慢心せずに暗記をしっかりいれて集中しなければ ならない。このくらいの連取があるということは、札を送られている(送っている) 状況が生じていると考えられるので、札の移動のチェックは重要なポイントである。 お手つきなどはもってのほかで、最悪の結果となる。
☆「お手つき」のあと☆
 お手つきのあとの一枚は、大事なポイントである。してしまった側からすれば、今の お手つきをある意味取り戻すための取りであるし、された側からすれば一気に差を拡げ る(もしくは、差を縮める)チャンスとなる。
 大きな勝負ポイントたりうる場面である。
===中盤===
 中盤は、決まり字が短くなった札も出てきて、敵陣と自陣の札の移動も行なわれ、 いわゆる「中盤のねじりあい」が行なわれがちな場面となる。また、序盤を経てい るので、相手の得手・不得手の見極めも行なわれたあとなので、作戦も考えやすい 場面となる。
 序盤と同じく、勝負のポイントとして大事な局面は「5連取」 「お手つき」のあとである。理由は序盤と同じなので省略する。
 中盤で競っている場面は緊張感をもっているので、選手の集中力も高まっている ことも多いのだが、中盤で気をつけたいのは、差が開いてきた局面である。
☆「ダブルスコア」のあと☆
 「ダブルスコア」は、かるた業界の中では「倍セーム」という人もいる。「セーム」 なのか「セイム」なのかも意見の割れるところであるが、要するに12対6とか14対7、 16対8、18対9、20対10のようなことを言う。ここでは、中盤という設定なので、 このくらいの事例が多いことと思う。
 ダブルスコアなら、相手が1枚取る間に2枚取れば、最終盤で2対1くらいまでいける という考え方ができるので、逆転に向けて問題ないスコアである。しかし、ここは ひとつの勝負のポイントと考えられる重要な局面である。
 それは、負けているほうからすれば、理屈的に相手陣が読まれる可能性は自陣が 読まれる可能性の2分の1ということで、攻めと守りの比重を考え直すギアチェンジ のターニングポイントだからである。
 勝っているほうは、相手陣が出る可能性が自陣が出る可能性の2倍あるわけだから、 当然攻めの比重が高くなる。こちら側はギアチェンジの必要はない。しかし、相手の ギアチェンジを感じたら、守りに比重をかけた相手に対して自陣の札に対しての余裕 を持つこともできるわけで、相手の出方を考えながら試合を組み立てていくべき大事な ポイントなのである。
 勝負の綾を感じるポイントなので、双方しっかりと作戦を立ててほしい局面である。
===終盤===
 終盤に突入するとき、大差がついているケースと僅差のケースがある。極端なことを いえば、特に僅差の終盤の局面はすべてが勝敗に結びつくような重要なポイントとなる。 大差のときは中盤の「ダブルスコア」のあとに準ずると考えてよいだろうが、僅差の 場合のポイントを述べておきたい。
☆「送り札」のあと☆
 攻め手からすれば「送り札」のあとだが、攻められたほうからすれば、札を送られた あとということになる。もちろん、お手つきによって札が送られるというケースもある。
 送り手からすれば、チャンスで引き続き、攻めに集中力を注ぎたい。送られたほうと すれば、悪い流れを断ち切りたいので、次の一枚を敵陣であれ自陣であれ、なんとか 取るために集中したいというところである。
☆「どちらかが先に残り2枚になった」あと☆
 このケースは、差があっても、僅差でも同様のことと考えてほしい。リードしている 側は、早く残り1枚にして勝利に王手をかけたい。リードされている側は、相手が2枚 あるならば、まだ挽回できると考える。こうなると、誰がみても勝負のポイントなのだ が、あえて大事な局面として書かせてもらった。ラスト1枚と2枚では、対戦者双方と もに相当に気持ちの持ちように差があるからである。

まとめ

 いろいろ書いたが、たぶん、ここがこの試合の勝敗を分けた重要なポイントという のは、一試合にそう何箇所もあるものではない。まずは、自分でその試合を振り返って どの局面がそうだったのかを考える訓練をし、試合の途中で「ここは大事だ」と 認識できるようになることが大切だ。ここに記したのはそのための一つの「目安」である。
 そして大事な局面で、自分がどういう作戦をとるのか、どういうメンタルでいるのか を考え、実践することが上達に結びつく。

 最後に言わずもがなの蛇足の勝負のポイント局面を書いておこう。

☆「どちらかが先に残り1枚になった」あと☆
 残り1枚ということは、1枚取れば、もしくは、1枚取られればゲームセットと いうことである。負けている側からすれば、自分のお手つきでもおしまいとなる。
 これが勝負のポイントでなくてなんであろう。
 しかし、ここから逆転が起きることもありうるのだ。ゲームセットまで気を抜くこと は許されない局面であることを肝に銘じておいてほしい。

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