TOPIC   "番外編"

”第15期”慶應義塾職員名人戦

〜出場者5名?〜

Hitoshi Takano SEP/2018


 2018年9月8日(土)、三田婦人室。慶應義塾職員名人戦の9月開催は第3回以来の12年ぶり3回目ということになる。
 今回は、エントリー資格者の増加により、日程調整は困難を極めた。最近は秋に実施しようとするが、出場者の都合でどんどん開催予定が遅くなっていき、誰かが体調を崩しやすくなる季節になってしまっていた。そこで今年は6月か7月に実施しようと目論んだが、あえなく失敗。仕切りなおしの調整の末、9月8日の実施となった。調整ソフトで○5人、△2人で、×が0だったからだ。万一、△のメンバーの都合が悪くなってもこれはもういたしかたないと割り切るしかないとなったということだ。
 そもそも、第2回・第3回と9月に開催していたのには理由がある。夏の8月下旬開催の職域学生大会に出場するから、それに向けて出場者は練習をする。したがって、9月であれば、大会出場の余熱を維持したまま、高いパフォーマンスが期待できるという考えであった。今回の9月開催は、8月末の職域学生大会出場の2週後となり偶然にもこの当初の理由に沿った形となった。

 実施の二日前の木曜日がエントリーの締め切りとなったが、エントリーは6名、やはり△の1名が業務の都合で欠席となった。
 エントリー6人となったので、3人のリーグを二つつくり、それぞれで1位から3位の順位をつけ、同順位同士の順位決定戦を行なう方式と、トーナメント方式と二つの方法を事前に準備していた。今までの経験から当日の急な欠席連絡も視野に入れて考えていた。1名欠席なら、トーナメント戦を、2名欠席なら総当たりのリーグ戦という可能性もあった。

 さて、過去最多の6名エントリーの試合当日となった。天気もよく、集合時刻の10時の5分前には5人の出場者と二人の運営スタッフが集まっていた。運営スタッフはもう一人いたのだが、30分くらい遅れるとのことであった。エントリーメンバーの残り一人はひょっとすると欠席もしくは遅刻かと集まったメンバーで噂しつつ心配していたところ、噂をすればなんとやらで、ほぼ定刻に残りの1名が現れた。
 全員揃ったとホッとしたのもつかの間、驚きの一言が、、、
 「棄権します」。
 「えっ??」。
 事情を聞くと、左目が見えないとのこと、これから眼科の診察に向かうと言う。風邪の季節は避けたが、意外な不調で今回も病欠者が出てしまった。診察後に戻って、運営の手伝いをしてくれたが、まぶたの裏に炎症があるようでコンタクトレンズの装着禁止で薬をもらったとのことであった。

 このような事情はあったが、定刻も過ぎているので、先月末に畳の表替えで新畳のよい匂いの残る和室で開会式を行なった。前回の優勝杯と準優勝杯の返還、Nさんの選手宣誓が行なわれ、選手一同の臨戦気分はいやがおうにも盛り上がった。開会式のあとは対戦決めである。3人制2リーグによる予選方式は実施できず5人トーナメントとなったため、事前に用意した6人トーナメント表の4番に棄権者を入れ、1番・2番・3番・5番のくじを参加者にひいてもらうことになった。前年度優勝者にはシード権があり、1番・2番の勝者と準決勝で戦うことになる。
 トーナメント戦における抽選は大きな意味を持つ。A大会実行委員長の裁定で年齢の上の選手からくじを引くこととなった。
 4人が順番にくじを引き、いっせいにオープン。最初にくじを引いたE三段は5番、2番目ににひいた3年ぶりの出場のS初段は2番、選手宣誓のNさんは3番、初出場の新人H六段は残り物のくじだった1番となった。この結果、一回戦は、信濃町経理課のH六段と高等学校教諭のS初段の1試合が行われることになった。また、記録上は、メディアセンター本部のNさんが眼科に行ったOさんの棄権による勝ち上がりとした。
 一試合のみとなった一回戦、勝てば次は前年度優勝者との対戦となる。読みはA大会実行委員長。気合のはいるH六段が、危なげなく試合をすすめ、結局21枚差で勝利をつかむ。なんと11時を数分まわったところで決着がついてしまった。予定では、午前1試合のあと昼食休憩だったが、昼食にはあまりにはやいというので、急遽予定を変更し、そのまま準決勝が行われることになった。
 準決勝の一試合は、昨年度準優勝のE3段と昨年度初出場をはたし、2度目の出場となったNさん。Nさんは、8月末に職域学生大会で、はじめての外部の大会を経験したばかりである。ベテランのE3段に果敢に立ち向かうも19枚差で3位決定戦にまわることになった。E3段は悲願の初優勝に向けて決勝進出である。
 もう一方の準決勝の試合は、新進気鋭のH六段にディフェンディングチャンピョン、職員名人戦優勝11回の人事部所属のT五段が立ちふさがる。T五段の3枚連取でスタートし、双方の持ち札の合計が残り20枚程度まで3枚差以上に開くことのないシーソーゲームが続く。H六段9枚、T五段11枚の場面の一枚が試合の流れを変えた。それは、双方を移動した「もろ」だった。この時、H陣右下段にあった。双方がT陣右下段にあった記憶で反応してしまったため、H六段遅めの取りでキープした。試合を最終的に振り返れば、この一枚が、しっかり送り札を攻められなかったT五段の敗勢を決定づけたといえるだろう。その後、H六段の連取により、あっという間に1枚・10枚とH六段がリーチをかける。大ベテランのT五段は、その後2枚守るも結局8枚差で、昨年度の大学選手権覇者だった新鋭の軍門にくだる。
 約1時間10分の昼休憩をはさみ、13時30分が決勝戦と三位決定戦の開始時間となった。学内の食堂に行く各選手だが、会場に残って買ってきた昼食をとるA大会実行委員長とT五段、そしてH六段。この時に、H六段から予想外の一言が、、、

 「次、決勝終わったら、表彰式してもらっていいですか? 実は熱があるんです。」

 なんと、熱をおして出場していたのだ。「一回戦のあとで休めると思っていたのですが、あまりにも早く終わってしまい、予想外でした。」とコメント。それは、本人がぶっちぎりで勝利したせいでもあるが、それはいたしかたのないことだ。私が発熱で欠場した第12回以降、毎年選手もしくは運営スタッフの誰かが体調不良で当日をむかえている。体調管理も本人の責任とはいうものの残念なことだ。H六段は、昼休みに小部屋でしっかりと休息をとっていた。
 午後の定刻に決勝戦と三位決定戦が始まる。読みは準決勝と同じく職域学生大会でも読手を勤めるA級公認読手のN読手である。決勝の審判は遅刻参加のAさんである。三位決定戦は、T五段が23枚差で勝利。Nさんは敵陣を一枚も取れなかったことを悔いていた。その気持ちは大事にしてほしいものだ。さて、一方、決勝戦は、昼休憩で少し体力も戻ったか、H六段が次第に差をひろげていき、E三段もところどころ切れのよい攻めをみせるが、最終的に16枚差でE三段をくだす。病をおしての意地の初出場初優勝をとげる。
 H六段には「おめでとう」といいたいが、発熱の際に無理をしてはいけない。熱をおしても出場したい、優勝したいと思ってくれる気持ちは、この大会を創設した一人として非常にうれしいが、来月には名人戦予選も控えている。名人を目指そうという選手が、無理をして名人戦予選時の体調にまで悪影響を及ぼすようなことがあってはいけないのだ。
 これからもこの大会を大事に思ってくれるのであれば、まずは自身の体調管理をしっかりとするである。そして、身体によくないと思ったら「休む」ことである。休むという選択も勇気ある決断なのだから。
 そして、他の出場選手も、いくらA級優勝をなんども遂げている選手だからといって、病気で体調不良の選手に名をなさせてはいけない。誰かが勝つことで、無理はしないほうがいいと思ってもらうようにしなければならない。出場する以上はいいわけもきかないし、一定水準のクオリティも求められる。今回、そのクオリティがあったから優勝したとは思うが、重ねて、無理・無茶は、つつしんでもらいたい。

 決勝戦のあとは、お手伝いで運営にあたってくださった皆さんと練習会を行ない、いろはかるた4組をつかった「大お座敷かるた大会」でイベントの幕を閉じた。夜の懇親会には本日業務で参加できなかったS二段も参加してくれた。来年は大会にぜひ出場してほしい。

 例年のことえであるが、運営の手伝いに来てくださった皆さんと参加選手のみなさんには心より感謝を申し上げたい。
 「また、来年もよろしくお願いします。」


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