新 TOPIC -不定期連載かるた小説-
「さだめ」
〜第2回〜
Hitoshi Takano Feb/2023
** 第2章 OBが来た練習会 **
4時限の授業が終わり、今日の練習では、自分の定位置から解放されるような練習にしたいという思いを胸に、練習会場である大学近くの公立の集会所の和室に足を運んだのだった。
練習会場に着くと、サトウはすでに来ていた。上級生と下級生合わせて5人。せっかくの練習なのに少し寂しい人数だ。
「今日は、コロナの間は顔を出せなかったOBが来るんだって。取ってみたいなぁ、、、」
サトウは気安くそんなことを言っている。
コロナ禍で、OBが顔をだしづらくなってから2年以上となる。
そのOBを知っているのは4年生だけだ。
どんなOBかは知らないが、結構「人見知り」体質なので、緊張してしまいそうだ。
対戦したら、自分の定位置から解放された練習などと言ってられないだろう。
練習の対戦決めは、「人札(ひとふだ)」を使う。
名刺大の厚紙に、参加者の名前が書かれている。
これを裏返して、2枚1組をつくっていく。
5人なので、一人は半端になり、通常は読手となる。
しかし、コロナ禍ということで、感染予防の観点から、自動読上機を使うことにしており、読手として、実際に読札を読むことはせず、この商品名「ありあけ」という自動読上機の操作係をすることになっている。
裏返しにしていた人札を開くと、対戦の1組目は、鈴木の札と佐々木の札、対戦2組目は、田中の札と芯矢の札が出た。
残り1枚の札には、左藤の文字が書かれている。
私は、4年生の田中先輩との練習である。
左藤は、対戦から外れたため、がっかりしている。
「それじゃ、着替え終わったら始めるわよ。」
この場の仕切りは、4年の鈴木先輩である。
私は、Tシャツとジャージに着替えた。
読上機操作の左藤は、かるた用の膝にツギのあたったジーパンに履き替えている。
1試合目が取れないため、2試合目は優先的に対戦を組んでもらえるので、準備は整えておく。
全員着替え終わって、札を並べ始めたら、白髪まじりの年配の男性が和室に入ってきた。
「こんにちは!」
鈴木先輩が気づいて、挨拶をする。
「こんにちは。」
田中先輩も続いて挨拶する。
「やぁ、ひさしぶりだね〜。コロナはまいったね。練習も事前登録制だったんだよね。今日はよろしくね。」
本日練習に来るはずのOBが来たみたいだ。
「こんにちは!!」
私を含めて、残りの3人が一斉に挨拶をする。
「こんにちは。OBのアガノです。卒業はウン十年前の昭和のかるた取りです。今日はよろしくお願いします。」
「アガノ先輩、1本目はこれから暗記時間ですが、取られますか?それとも2本目からにされますか?」
すかさず、鈴木先輩が確認する。
「一人余っているようだから、取るよ。」
「それじゃあ、左藤、準備して。」
鈴木先輩が、左藤を促す。
左藤は、取れないと思っていた1本目に対戦がついたので、嬉々として札の準備をする。
「左藤くんって言うんだね。サトウのサの字はヒダリなんだね。珍しいね。よろしくお願いしますね。」
「こ、こちらこそ、、、よろしく、、お、お願いします。」
「僕のアガノはね、西武鉄道のアガノ駅と同じ漢字なんだ。わかる?」
「えっ?わ、わ、わかりません。」
「漢数字の五の下に口とかくワレという字があるよね。それに上野駅の野で、吾野。西武池袋線とか、西武秩父線とか、あまり乗らないのかな。」
「は、はい。」
ガラにもなく左藤は緊張しているようだ。
つっかえつっかえの受け答えになってしまっている。
このOBは、鉄道好きなのだろうか、駅名で名前の漢字の説明をしている。
話し方や雰囲気からやさしそうなOBだが、対面すると何か圧を感じるのだろうか。
人見知りの強い自分が対戦したら、余計に緊張してしまうかもしれない。
すでに対戦の決まっている残り2組も含めて、札を並べ始める。
札を並べたら、暗記時間を15分取る。
OBの吾野さんと左藤の対戦は、気にはなるが、自分の対戦が優先だ。
自身の定位置のしばりから解放されたかるたを取るという今日の練習の目標を忘れてはいけない。
自陣の暗記はしっかり入れるが、それ以上に敵陣の暗記を入れるように集中する。
札が読まれたら、音への反応は敵陣中心に感じられるように強く意識する。
そうした敵陣への意識を高めた上で、自陣に反応したら、その感覚には素直に従う。
自陣に反応しているのに、そこから無理やりに敵陣への反応に方向転換するようなことはしない。
ただし、決まり字の聞き分けの音まできてしまっていたら、その時は出札に向かう。
とはいえ、そんなタイミングだったら相手に取られてしまっているとは思うが、、、。
練習の目標を定めて、暗記時間をしっかり使い、試合開始に備える。
試合開始直後、序歌のあとの一枚は「みせ」だった。敵陣に「みち」があるので、練習課題からいえば、「み」の音で、敵陣の「みち」に反応しなければいけない。
しかし、自陣の「みせ」に反応し、手がそちらに向かってしまった。
相手も「み」の音でこちらの陣の「みせ」に手を出してきたが、自陣という相手との距離の利が活き、私の取りとなった。
札を取れたことはよしとするが、練習目標を考えればNGである。
払いで乱れた自陣の札を並べなおしながら、「次は敵陣からいくぞ」と気合を入れ直し、別れ札をチェックする。
次の一枚は「ひとも」であった。
今度は、「ひ」の音で、敵陣の「ひとも」に向かうことができた。
相手は、「ひ」の音で、こちらの陣の「ひとは」に反応してきていたので、相手陣に戻ってきたときには、すでに私が「ひとも」を払っていた。
目標達成の一枚と言える。このあと、カラ札も続いたが、読まれた札の音に対して、敵陣に手が出る割合が高かったので、暗記の集中の成果により、練習目標を達成している感が強く、試合全体を通じて先輩相手に善戦できた。
いつも十枚差以上で負けていた田中先輩に、3枚差までせまれたので、負けたとはいえ、個人的には練習目標の達成とともに満足のいく試合となった。
試合が終わると、その練習の振り返りを行う。
「シンヤ、どうしたんだ。今日は、序盤からちゃんと攻めができていたじゃないか。」
田中先輩が、「攻め」を評価してくれた。
「自陣の札に先に手をだしてたのを、意識して敵陣からに変えようと思ってチャレンジしてみました。」
「いいねぇ〜。今日のような取りができれば、初段にすぐにあがれるんじゃないか。」
「ありがとうございます。」
自分のことに精一杯で、左藤の試合がどうなったかわからなかったが、左藤も振り返りでOBの吾野さんからいろいろ指導を受けているようだった。
「吾野さんと対戦してみたいなぁ」と、緊張しそうな不安はあったが、それ以上に興味のほうがまさっていた。
次は、自分の番だと期待していたのだが、「今日は一本で帰る。ありがとうね。また来るから、次もよろしく。」と言って、吾野さんは帰っていってしまった。
OBと対戦して、いろいろ教わっていた左藤が羨ましかった。自分も取って見たかった。
** 第3章 OG登場 **
練習も2試合目への準備をしようとしている中、吾野さんと入れ替わりに初めて見る女性が練習場にはいってきた。
「あれっ、シダさん、珍しいですね。何年ぶりですか?」
そつなく鈴木先輩が挨拶する。
「こんばんは。OG5年目のシダマリです。ココロザシにタンボの田と書いて志田です。マリはシンリと書いて真理です。よろしくお願いします。」
初めて顔を合わせる後輩たちに気づいて、丁寧に名前を告げた。
「こんばんは!」と一同。
「お久しぶりです。」は、田中先輩。
「田中君、久しぶり。かるたは3年ぶりよ。今日は、息抜き。実験に疲れちゃった。」
後で聞いた話だが、うちの理工学部から国立大の大学院に行って、今は博士課程で研究をしているとのことだった。
卒業した先輩と取る機会は貴重だ。ぜひ、取らせてもらいたいと心のうちで念じていたら、鈴木先輩と目があった。
「志田さん、3年生の初段手前ととってもらっていいですか?」
鈴木先輩が確認する。これは左藤のことではなく自分のことだと確信して聞いていた。
「私は、かまわない。現役の都合で好きにして。」
「じゃあ、シンヤ、志田さんに教わりなさい。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
念が通じたようだ。内心の嬉しさを感じたが、急に緊張感が高まった。
対戦のために使用する札の箱をあけながら、志田さんに質問された。
「芯矢くんは、ファーストネームはなんていうの?」
「えっ?」
「下の名前よ、下の。」
一番困る質問が来てしまった。
「あ、あの、その〜。………、シンヤです。」
「だから、名字じゃなくて、名前。」
いらっとした口調の反応が返ってくる。これも、いつものとおりだ。
「だから、名前がシンヤです。」
「えっ。名字がシンヤじゃないの?」
「名字は草かんむりに心と書く芯という字に弓矢の矢と書いて、芯矢です。名前は、慎むのシンにカナという字のヤで、慎哉です。」
「え〜っ。じゃあ、芯矢慎哉くん。珍しいわね。」
「家庭の事情で、名字が変わってしまったんです。」
家庭の事情といえば、相手も察しがついて、通常はそれ以上の追究はない。
自分でも、こんな名前は嫌だ。
父母の離婚で、母に引き取られて、母の旧姓に変わったことで、こうなってしまったのだ。
いずれ結婚したら、相手の姓を名乗るつもりでいる。
シンヤシンヤはどこかで解消したい。
ただ、この名前の印象は強いので、だいたい、一発で名前を覚えてもらえる。
これは、メリットなのかもしれないが、やはり姓と名が同じ音なのは違和感でしかない。
人見知りが強いのも、この名前のせいかもしれない。
時には、この姓名を聞いただけで笑い出す人もいるが、さすがに志田さんはグッとこらえていたようだ。
たんたんと札の箱から取札を出して、裏返しのまま25枚を選んでいる。
その様子にホッとしながら、こちらも裏返しに25枚の札を選んで、三段に並べ始める。
札の暗記はもう始まっているのだ。
上級者は、自陣の札を並べ終わった時には、自陣の25枚の札の暗記も終了しているという。
残りの時間で、相手陣を暗記し、同じ音で紐づけて相手陣と自陣の札の手の動きや体の動きをシミュレーションしていくのだ。
自分の課題は1試合目と同じで、音を聞いたら、まずは敵陣に反応することであり、自陣の定位置にとらわれすぎないことである。
15分の暗記時間で、取りのイメージを考えながら、一生懸命暗記を入れる。
まだまだ、上級者のように自陣の札を並べただけで暗記が入るなどということはない。
どうしても時間がかかる。
自陣でさえそうなのだから、まして相手陣の暗記には15分のうちの結構な時間を費やさなければならない。
とはいえ、今回は何故か相手陣の暗記がスムースに入ってくる。
相手陣が覚えやすいのだ。
友札は並べて置いてあるし、同音始まりの札が固まっている。
一字決まりも下段に固まっている。
同じ音で始まる札が多い場合は定位置を考えるときに左右にわけるとよいと教わったことからは、外れている。
「あ」の音で始まる札は16枚あるので、普通はわけるように指導されるが、相手陣にある「あ」始まりの札は7枚すべて右上段に固めて並べてある。
同音始まりが8枚ある「な」の札も相手陣にある4枚全部が左中段である。
同音が左右に分かれていれば、暗記の時に目で「右」だの「左」だの追っていくわけだが、固まっているのでその必要もなく、覚えやすいのだ。
どうせ、こちらの陣を取ったらそうした同音で固まっている札を送って同音を分けてくるのだろう。
そんなことも考えながら、暗記をいれていた。
さて、暗記時間が終了し、試合が開始した。
一生懸命、音に反応するのは敵陣からを実践した。
ところが、全然敵陣が取れず、中盤には大差がついていた。
敵陣が少なくなり、自陣の残り札が多いので、試合前の課題は反故にして、ひたすら自陣の札を守りまくった。
敵陣を攻めても取れないのだからやむをえない。
無理に攻めにいったら、お手つきしてしまったし、大差で負けないためには、それしか方法がなかった。
途中までは20枚差くらいで負けるのではないかと思っていたが、途中での方針転換後は、自陣の札をとり、なんとか11枚差という決着になった。
あと2枚で一桁差だったので減らしたかったが、敵陣が出て、ジ・エンドとなった。
この試合、今までの先輩たちとの対戦とは異なることづくめだった。
志田さんは、いわゆる「感じが早い」選手だった。
音に対しての反応が早いのだ。
特に1音目の反応が早い。
1音目で手が動くと、こちらのほうは、いわゆる「感じが消される」状態になる。
そうなると何もできない。
手も足も出ないダルマ状態である。
相手の感じの早さで、パッとこちらの陣に手を出されると決まり字を判断しないまま札に触れてお手つきをしてしまうようなこともあった。
序盤はこれで差がついてしまったのだ。
今まで対戦した先輩たちの中には、感じが早いと思う先輩はいても、感じの早さが払い手に連動してくる感じだったが、こういう一音目でスッと軽く手の出てくる感じの早さの人はいなかったのだ。
感じが早く指先でパっと押さえ手で取る。
こちらが払いに行ったときには、その札はすでに相手の指の下にあるという感じなのだ。
練習前の課題設定とは真逆で、途中からは自陣の定位置を強く意識して、まず読みの一字目の音を聞いたら自陣の札に反応するようにする。
同音の友札を並べて置いているとその反応は志田さんが早い。
感じで負けてしまう。
それがわかってからは、友札は左右にわけて置いた。
どちらか片方取れればいいと思ったからだ。
ただし、相手の手がどちらに行くかをみてから逆に手を出そうとすると、もう間に合わなかった。
相手の手を見る余裕などはなく最初から決めておかないと取れなかった。
最初から決めておいても、志田さんも同じ札から取りに来ると間に合わない。
遅れたことを頭で認識していて逆を払いにいくのだが、その時には逆の札も直接押さえられていたりする。
なりふりかまわず三段払い辞さずで逆を払ったときは、なんとか取れたが、志田さんに苦笑いされてしまった。
試合が終わると、志田さんにあやまられた。
「ごめんなさいね。うちの会には私のようなかるたを取る人いないでしょ。面食らったんじゃない?」
「……。…はい。驚きました。守るんですね。それに感じがすごく早くて、感じが消されてしまいました。」
「まぁ、普通は守っているというわよね。でもね、私の中では守っているんじゃなくて、自分の取りたいところで自分の取りたい札を自分の取りたいように取っているっていうだけなの。」
「えっ!?……。そうなんですか?友札をわけろとか、敵陣を攻めろって、先輩の先輩達からいわれなかったんですか?」
「言われたわよ。でもね、私は高校の時から取っていたので、その時のスタイルを変えてないの。高校では素人ばかりの同好会からスタートしたので指導する人もいなかったの。だから、ルールだけちょこっと知ってた国語の先生に教わって、あとは、みんな自己流で勝手に取ってたのよ。」
「へぇ、、、」
「大学入っても、自分の好きなように取りたくて、それが楽しいから、その楽しさを違うスタイルの取りで変えたくなったのよ。まぁ、このスタイルで先輩たちにもそれなりに勝ててたから、しばらくすると先輩にも何も言われなくなっちゃった。」
「先輩が先輩になって後輩に教えるときはどうしたんですか?」
「私は自己流で好きなように取っているだけだから、うちの会の取り方の流儀はほかの人から習いなさいって、、、」
「でも、先輩のかるたを真似したいっていう後輩もいたんじゃないですか?」
「いたけどね、私のかるたは、うちの会のように方法論や理論、理屈がないから、こういう感覚で、好きなように取るのって言っても結局は強くなるステップが見えないから、結局は、やってみてもうまくいかず、あきらめて他の先輩の指導を受けてたわよ。」
「シンヤくんも、感じが消されたったいってたけど、私くらいというか私以上の感じの早さがないと、私のようなかるたはできないと思うし、こう見えても私は感じが早いとトップ選手に言ってもらったことがあるのよ。」
「そうですよね。先輩の感じは半端なかったです。」
「でもね、シンヤくん、途中から自陣の札を取り始めたでしょう。自分の好きな札を自陣の好きなところに置いて取ってた札が結構あったでしょ。そういう定位置にしているんだと思うけど、その感覚は私と一緒。敵陣を攻めて取るんだから自陣なんてって言って、自陣をないがしろにする傾向がうちの会の人たちにはあるけど、あなたは違うわね。自陣の定位置と自陣の札、特に好きな札を大事にしている。それがわかる。その感覚は大事になさい。」
「そんなことまでわかるんですか?」
「対戦しているとわかるのよ。この札は、早く取るんだろうなって、見当がつくのよ。そういう札を無理に取って相手をへこまそうって考える人がいるけど、私は反対。そういう札は気持ちよく取らせてあげたらいいの。相手の早い札にエネルギー使うより、他の札にエネルギーを使ったほうがいいの。札は1枚ずつしか減らないの。それなら、エネルギー使わずに取ったほうが、トータルで有利でしょ。」
「そうですね、、、」
「あのね、先輩たちは理屈を言って攻めろ攻めろって言うけど、それが好きならそうしたらいいの。それが好きでなきゃ、自分の好きなように取ればいいの。わかる?」
「はい。」
「かるたの取りは自由なのよ。好きに取るからこそ、楽しいし、勝っても負けても息抜きになるの。シンヤくんと取ったことで、リフレッシュできたから、これからの実験や研究もはかどりそうだわ。今日はありがとね。」
「こちらこそ、いろいろ教えていただきありがとうございました。」
こうして、自分自身の課題について、真逆の経験となった練習が終わった。
OGの志田さんとの一戦は刺激的だった。
何よりもかるたの競技スタイルについての考え方が素敵だった。
左藤と対戦したOBの吾野さんも、個性的な印象だった。
今度は是非対戦してほしいと思った。
コロナ禍で停滞していた対面練習にこうしてOBやOGが来てくれると、学べることがいっぱいありそうだ。
来るべき初段認定大会での初段認定目指して、練習へのモチベーションがあがっていることを感じながら帰途についた。
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