新 TOPIC -不定期連載かるた小説-
「さだめ」
〜第3回〜
Hitoshi Takano Mar/2023
** 第4章 情報交換 **
練習へのモチベ―ションは上がっているが、毎日、練習会があるわけではない。
そんなときに左藤とかるた談義をすると面白い発見がある。
昼休みに学食でカレーライスを食べていたら、左藤が隣に座って同じようにカレーライスを食べ始めた。
学食ではコロナ禍の影響で黙食がルールになっているので、食べながらペチャクチャと話すわけにはいかない。
先に食べ終えたので、左藤が食べ終わるのを待って、連れ立ってキャンパス内に設置されているベンチでマスクをしたまま話をすることになる。
話題はと言えば、前日のOB・OGとの練習についてだ。
「シンヤはいいな。志田先輩と練習できて、、、」
「サトッチだって、吾野先輩に取ってもらったじゃないか。」
「いやいや、志田さんは普通にならべていたじゃないか。吾野さんは上段にヅラヅラと札を置くから、そっから面食らっちゃって。」
「志田さんは、並べ方は左右にわけて置くスタイルだったけど、かるたが特殊で、課題の敵陣の札に先に手を出すっていう練習にはならなかったんで、面食らったのは一緒だよ。」
左藤が、熱心に志田さんのかるたについて聞くので、前日の練習の様子を詳しく話して聞かせた。
我々が今の先輩たちから教わってきたかるたとあまりに違うので、驚いていた。
「へぇ〜っ!うちの会にそんな守りかるたを取ってた人がいたんだ。送り札で自陣の友札分けないと、なぜ分けなかったって、終わったあとにむちゃくちゃ指導されるからな。」
「そうだよなぁ。なんというか、文法が違う感じっていうのかなぁ。先輩たちと取ると、この札は攻めてくるとか、この札を送ってくるって予測ができるのだけど、志田さんは全然違うんだなぁ。今までの自分の中にあった常識が通用しないっていえばいいのかな、、、」
「それだったら、まだ、吾野さんのほうが、いまの先輩たちから教わってる方法論からはずれてない感じだなぁ。」
「何せ、自由に好きなように取るっていうスタイルだって自分で言ってたくらいだからねぇ。俺のほうの話はこのくらいにして、吾野さんのかるたを教えてくれよ。」
「あぁ、吾野さんのかるたね。」
左藤が、前日の練習の様子を話し始めた
。
「まず、驚いたのはさっきも言ったけど、上段にヅラヅラと置くことかな、10枚くらいあって、自陣の右から1枚ずつ5ミリくらいずつ離して置いていくので、上段の中央も札が置いてある。いわゆる浮き札ってやつね。その分、上段は左端から数枚分のスペースが開いていた。友札が両方自陣にある札は並べないで、分けて置いていた。」
「友札をくっつけないのは、志田さんと真逆だね。」
「こっちの陣を取ったら、友札の片方を送ってくるのは、今の先輩たちと変わらない送りだったから、その辺は違和感なかった。」
「まあ、文法どおりって感じなんだ。なにか違和感、感じたとこは?」
「違和感っていうか、上段ヅラヅラに慣れてないせいか、暗記がしにくかった。友札も分かれてるから、右に左に上段に下段にって、2枚で2カ所のセットで覚えないといけないのが、手間だったし、どっちから先に行けばいいのか考えるのも、2枚並べてあるのとは違って、暗記にひと手間余分にかかるって感じだった。」
「たしかに、2枚くっついていたほうが暗記はしやすいよな、、、」
「シンヤは、自分で上段に浮き札ってする?」
「しないけど、サトッチもしてるの見たことないけど、、、」
「俺もしない。だから、相手陣であっても、取り方がわからなかった。うちの先輩たちも浮き札する人っていないじゃん。」
「そうだよなぁ。で、どうやって取った?」
「取りにはいったけど、取れてはないから、どうやって取ったっていう質問の答えはできないよ。」
「じゃあ、どう取ろうとした?」
「自然に出たのは、押さえ手だったね。意識したのは、左右の端に近い札は払い手で、大山札は囲い手。」
「えっ!?大山札も浮き札?」
「ほぼ、中央に『きみがため』があった。囲ってみたけど、指先を突き入れられて取れなかった。」
「サトッチは、突き手はできなかったの?相手の下段が長くて中央付近まで札があるとき、けっこう上手に突き手をいれるじゃん。」
「全然違う。下段の時は、下段という塊を内側から払って攻めるという意識の中で、たまたま一番内側の札が出たっていうんで、手が自然にでるんだけど、上段はそんな自然な動作ができなかった。たぶん、上段を意識しすぎたんだと思う。」
「ふ〜ん。そういうもんなんだ。でも、下段の内側の突き手が自然にでるっていうのはすごいなぁ〜。」
「上段も一枚ずつ、間隔を離されて置かれると、不思議なもので、札直でいかなきゃいけないって思っちゃうんだよね。いやでも上段を意識することになっちゃったんだ。それと、これまた不思議なもんで、上段を意識しすぎると、普段先輩たちに言われて意識してやってる敵の右下段への攻めが甘くなるんだよ。」
「へぇ〜。そういうもんなんだ。上段を意識しないで、下段攻めればいいんじゃないの?」
「シンヤも対戦すれば、わかるって。あの浮き札、いやがおうでも目に入っちゃうんだよ。」
「たしかに、あそこに札があると情報が目に飛び込んでくるよな。たぶん、意識して相手の右下段しか見ないようにすると、今度は他の札が取れなくなるだろうし、、、」
「浮き札ゾーンには1字決まりから大山札までいろんな決まり字の札があったし、それをうまく取り分けるんだよ。」
「どんなふうに?」
「決まりの短い札は、基本的に突き手。3字以上は手首を使って払ったり、タメにタメて突いたり。突き手は、低いから、先に感じて押さえにいくと、俺の手が高いから、全部下に入られて突かれてしまう。指先の使い方、手首の使い方がすごくうまいんだよ。」
「あぁ〜っ!その取り、見てみたいなぁ〜!」
「対戦して実感してみろよ。それが一番だよ。」
「そのとおりだよなぁ。」
「それから、一点注意しておくけど、相手の右下段と自陣の右の斜めの別れ札のとき、めいっぱい攻めて、違ったってめいっぱい早く戻ろうとするときってあるじゃん。うちの練習じゃ、戻りの軌道線上には札なんかないから、手の高さとか意識せずに戻るだろ。それ、いつもの感覚でやると、相手陣の浮き札引っ掛けてしまうから注意したほうがいいぞ。俺、昨日、それで2回お手つきしたから、、、」
「たしかに、、、注意するわ。だけど、意識して手の高さを高く戻ると、戻りが遅くなりそうな気がするなぁ。」
「でも、お手つきするよりはましだろ。早く戻れずに取られたら1枚ですむ。たとえ戻って取っても、お手つきしたら相手の取り1枚と同じだ。でも、取られた上にお手つきしたら、ダブで2枚送りだろ。3枚差がつく。確実に戻って、相手より早く取れるのでなければ、決して無理する必要はないだろ。」
「そうだよなぁ。まさに正論としか言いようがない。貴重なアドバイスをありがとうな。それから、もうひとつ聞きたいことがあるんだけど、、、」
「どうぞ。」
「吾野先輩って、感じの早さはどう?」
「俺が評価するのもおこがましいが、そんなに早くない。聞いてから出てくる堅実な感じだった。」
「へぇ〜、そうなんだ。早くないんだぁ〜、、、」
「シンヤ、3時間目が始まるぞ。」
「やばい。いかなきゃ。」
左藤にうながされて、私は聞き足りない思いを抱えつつ、あわただしく授業の教室に向かった。
** 第5章 OBからの初金星 **
OBの吾野さんとOGの志田さんが来た練習から、2週間ほどはOBもOGも練習には来てくれなかった。
鈴木先輩や田中先輩に指導されながら、課題としている自陣の定位置を意識しすぎない攻めるかるたの練習を続けていた。
また、後輩との練習も組んでもらえたので、後輩相手に自分の課題を実践し、自分のことは棚にあげて、後輩に「自陣に先に感じるんじゃなくて、こっちを攻めに来なきゃ!」と指導した。
後輩に言った以上、自分がちゃんとそれをできないと恥ずかしいという思いがあり、余計に自分の課題に取り組んだ。
鈴木先輩からは、先輩たちと取ってばかりいると、どうしても負けが多くなるけど、初段認定大会に向けては、勝つという経験を積まないとだめだと言われ、後輩にきっちりと余裕をもって勝つように指導されていた。
終盤のお手つきなどで、もたついて接戦となって2枚差でやっと勝つような試合があると、「ダメッ!集中力が足りない!かるたは、なんといっても先行逃げ切りスタイルで勝つのが一番!」と厳しく指導された。
コロナ禍でやむをえなかったのかもしれないが、入学してからの対面練習に関しては、今の1・2年生のほうが、自分の代より圧倒的に恵まれていると思う。
そして、練習で一番気持ちが入るのが、何といっても同期の左藤との練習である。
対戦成績は、ほぼ互角で、勝ったり負けたりである。
勝てばうれしいし、負ければ悔しい。
先輩から指導を受けるとか、後輩に指導するなどという余分なことを考えずに、ただ、勝ちたいという思いでかるたを取ることができる相手だ。
同期の選手は、ほかにも何人かいるが、高校からの経験者で力の差が明白だったり、練習にあまり来ていなくて、後輩にも結構負けているような前者とは逆の意味での力の差があったりで、実力が拮抗しているのは、やはり左藤なのである。
「また、OB・OG来てくれないかなぁ〜」と左藤と話していたある日の練習会で、左藤との練習が組まれた。
いつものように一進一退の試合の流れの中で、双方が10枚くらいの展開で、「もろ」が読まれたあと、一字決まりになった「もも」を左藤はいきなり上段中央に移動した。
その後も、一字に決まると、その一字決まりになった札を同様に上段中央に移動していった。
もともとの「むすめふさほせ」の一字決まりは、いつもの定位置の左右の下段だが、新規に一字になるといわゆる浮き札にする。
面食らったが、吾野さんとの対戦から、上段中央の取りを自分なりに練習しようとしているのだという趣旨は理解した。
上段の一字を意識してしまうと、敵陣下段への攻撃が遅れるという経験をまさに自分自身がすることになった。
そして、敵上段の浮き札への突き手がうまくできないことも体験した。
押さえようとすると、下からうまく突かれて取られてしまう。
「サトッチは、いつの間に上段の突きを練習したのだろうか?」
心の中で、疑問符付きで「えっ〜!」と叫んでいた。
相手に仕掛けられ、解決策が見いだせないまま、ズルズルと相手のペースにはまってしまい、結局5枚差で負けてしまった。
練習後の感想で、「サトッチ、いつの間に上段の浮き札の突き手を練習したんだよ?」とストレートに聞いてみた。
「自宅での払い練のときに、自陣上段の中央に札を置いて突き手の練習を繰り返してた。ある程度うまく突けるようになったので、実戦で試してみようと思って、シンヤ戦なら叱られることもないと思って対戦を待ってたんだ。」
どうやら、先輩相手に試すと注意されると思ってたみたいだ。後輩相手には、悪影響を与えるかとも考えていたようだ。
「なぜ、一字決まりに限定した?」
「タイミングが取りやすいのと、お手つきしにくいと思ったから。」
「むすめふさほせは、従来どおり下段だったのは?」
「そっちに狙わせる意図と、自陣の定位置だから自然に手がでることを期待して。」
「狙ってはみたけど、上段の一字に気を取られて攻められなかった。」
「ということは、こちらの作戦にはまってくれたということだね。」
「あぁ〜っ、悔しい。思う壺にはまっちゃったんだ、、、」
「まぁ、そう言うなよ。おかげさまで、吾野先輩と次に取る時に、相手の上段から何枚か取れるかもしれないくらいには突き手の実践練習になったよ。」
「、、、」
正直、すごく悔しかった。
左藤に負けたこともそうだが、OBとの練習から学んで、人知れず練習を積んでいた左藤の努力に対して、自分が従前の課題に取り組むだけで、新たな視点を取り入れるという努力をしていなかったことが悔しかったのだ。
悔しがっていても、練習は続く。
次の試合、待ちに待ったOBが顔を出してくれた。
初めてのOBだった。
OB会の事務局をやっていて、現役との打ち合せのついでに1試合練習していってくれるということだった。
「山田です。芯矢くんって珍しい名字だね。矢が的の芯にあたるっていうイメージかな?」
「出札もそんな感じで取れればいいんですが、、、。よろしくお願いします。」
フレンドリーな話し方で、不思議と緊張しないで済んだ。
そして、左藤に負けて悔しがっているところを見て、OBと練習したがっている私に対戦をつけてくれた鈴木先輩の配慮に感謝した。
山田先輩は、吾野さんや志田さんとは違って、いたってオーソドックスなうちの会のかるただった。
鈴木先輩や田中先輩と取っているのと変わらないしっかりと敵陣を攻めてくるかるただった。
久しぶりの練習のせいなのか、払いを空振りしたり、手が浮いてしまったりというということが多く、数枚は拾わせてもらったが、空振りのあとの手首の返しや浮いてしまったところからの手首や指の使い方が見事で、うまくリカバリーされた札は拾うことができなかった。
そして、結構お手つきをしてくれたので、終盤には接戦のまま突入し、運命戦までいくことができた。
私が勝てば、OBからの初金星である。
左藤は、まだOB・OGに勝ったことはない。
運命戦の瞬間にそんな余計なことを考えてしまった。
そのせいで、緊張感と集中力が途切れていた私は、札が読まれたときに、一音で反応することがまったくできなかった。
自陣には「ほ」、敵陣には一字に決まっている「おと」。
読みとともに相手の手がこちらの陣までスッと伸びてくる。
「!」
やばいと思っていると、私の耳には「・・に」まで聞こえていて、そこから敵陣に手を出すも、当然、戻られていて「おと」の札は斜め後方に払われ終わっていた。
「ありがとうございました」と頭を下げようとしたときに、自陣の「ほ」の札が斜めに動いていることに気づいた。
「先輩、こっち触りました?」
おそるおそる訊ねると、「さわっちゃったね、、、」と照れを含んだ笑顔で答えてくれた。
「ほ」の札を敵陣に送って、「ありがとうございました」と頭を下げた。
こうして、OBからの初金星は思いがけない結末で獲得することができた。
試合後、山田先輩からは、払いそこなった札のリカバリーの方法を教わった。
「いわゆる二の矢をはなたくていいように1回目で札を取らなきゃいけないんだけどね。」と断りを入れつつ「手首や指、できれば腕や肩や腰などを伸びきらせないということが大事なんだよ。伸びきっていないから、手首の返しや指先の戻しができるんだ。」
「そうなんですね。伸びきらないっていうのは、余裕を残すというか、がちがちに力を入れすぎずに、いわゆる遊びの部分をキープしておくという理解でいいですか?」
「わかってるじゃないか。そういうことだよ。遊びともいうし、ゆとりともいうよね。いろいろな言い方があるけど、だいたい主旨は同じだね。それから、よく同じ方向に払いなおそうとする人がいるけど、あれは無駄な動き。手が浮いたりして止まってしまったところから、まっすぐに手首の返しなどを使って戻ってとることが大事なんだよ。二の矢のスピードが違うんだ。」
「それって、自分の払い練習でやったほうがいいですか?」
「意識してやろうとすると、払い残すことの練習をすることになるので、わざと払い残しをしてまで練習することはないけど、払い練でも意識しなくても手が浮いたり、払い残したりすることがあるでしょ。その時に意識して、リカバリーする練習をすればいいよ。わざと払い残しをすると、それが癖になって本番で払い残す原因になるからね。二の矢はあくまで予備で、一の矢で仕留めるほうがいいに決まってるんだから。」
「はい。わかりました。」
「ただね、伸びきらない、遊びをつくるってことは意識して練習したほうがいい。結局、突き指したりするのは、伸びきっているときが多いから。こうして、札に接触する瞬間まで指が曲がっていれば、突き指しにくいでしょ。」
指の使い方を実演しながら、説明してくれる。
「よく構えるときの利き手の形は、卵を軽く握るような感じでって指導されるでしょ。その指の形のまま、出札までまっすぐ行って、取る瞬間に指をスッと伸ばせば、札際がはやくきれいに取れるでしょ。特に上段の突き手なんか、こんな具合で。ちがったら手首の角度を変えて逃げればいいんだから。」
上段に札を置いて、解説を加えてくれる。
「上段中央に札を置かないし、うちの会では、上段に浮き札をする人っていないんですが、上段の突き手って別途特別に練習する必要ってありますか?」
「敵の左の札、自分から見たら右側だけど、ここの札って、突くことがあるよね。そういう意味で出札にまっすぐに行っての突き手の練習は、自然にすればいい。上段の浮き札は、その応用。あとは札までの距離感の違いを意識して身につければ、自然に突き手ができるようになるよ。だから、別に上段に特化して練習しなくてもいいんじゃない。上段が苦手なの?」
「手が浮いてしまうので、、、」
「上段は、意識しない。他の場所の取りの応用と考える。上段で、札が一枚ずつ離れて置いてあっても、普通に左右に払えるんだったら、だいたいの位置からの払い手でいいんだよ。あの一枚ずつ離して置くのは、札直で取らなきゃいけないって相手に刷り込む罠のようなもんなんだよ。気にしない。気にしない。」
「山田先輩は吾野先輩をご存知ですか?」
「知ってるよ。何回か取ったことがある。あの人の上段とか、中段とか、札を離しておいてあるのって、まさに相手に札直を意識させる罠だね。気にしないこと。そうか、それで上段の突き手の質問ね。なるほどなるほど。札を離して置く理由は、ほかにもあるみたいだから直接聞くといいよ。どうせ、ちょくちょく顔をだしてるんでしょ。」
山田先輩と吾野さんの関係性は、いまひとつよくわからなかったが、何か含むところがある感じがした。
しかし、左藤の上段浮き札への対策も、少し見えた気がした。
「いろいろとご指導、ありがとうございました。」
山田さんと取れて、金星まで取れて、しかも、いろいろな取り方についてのヒントももらえたことが、本当にありがたかった。
やはり、OBやOGとの練習は、現役の先輩と違う視点があって良い勉強になると改めて感じた練習だった。
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