新 TOPIC  -不定期連載かるた小説-

「さだめ」

〜第5回 (最終回)〜

Hitoshi Takano Jun/2023


** 第7章 昭和の香り **

 1試合目が終わる時間を見計らってか、練習会場に吾野先輩が現れた。 吾野さん一人かと思ったら、もう一人、同じくらいの年齢の男性が入ってきた。
 「こんばんは。」
 「こんばんは。初めましてですね。吾野と同期のイガです。漢字は、忍者で有名な伊賀です。かるた取るのはたぶん20年ぶりです。よろしくお願いします。」
 「4年生の鈴木です。A級四段です。」
 「3年生の芯矢です。E級です。段位はありません。早くD級初段になりたいと頑張ってます。」
 簡単な自己紹介が終わると、鈴木先輩が伊賀さんに質問する。
 「伊賀さんは、現役の時は何級だったんですか?」
 「一応、最後はA級で取っていたけどね。なんせ、20年取ってないからね。さっき、吾野につきあってもらって、ムスメフサホセから順にアまで決まり字の確認をしたけど、それは忘れてなかったね。それよりも定位置を覚えているかどうかが心配だね。あとは、身体がちゃんと動くかどうか、、、」
 「対戦希望ありますか?」
 「いや、誰と取っても、思い出すのに必死なだけだから、そっちで決めてくれればいいよ。もちろん、吾野以外でね。」
 「わざわざ、俺以外って言うこともないだろう。現役時代にさんざんっぱら練習したから、もういいよ。それより、芯矢くんが、なにやら私と取りたがっているって聞いたけど。」
 「えっ、いいんですか?」
 突然の指名に驚いて、鈴木先輩の顔をみる。目で「OK」の合図をしてくれる。
 「よろしくお願いします。」
 「よろしくね。なんでも、私の上段に興味があるんだって?」
 「今、上段中央にあれだけ札を置く人がいないので、どんなだろうって、対戦してみたいなと思ってました。」
 「それは、それは、ありがとう。」
 吾野先輩は、そう言うとかるた用のTシャツとジャージに着替えに行った。

 吾野先輩が着替え終わって戻ると、一礼をして、お互い25枚の札を並べ始める。 自分はいつもどおりの定位置で札を並べる。 相手陣を見ると、上段には11枚ほど一枚ずつ少しずつ間をあけて並べているし、中段も左右ともに札を一枚ずつ離して置いてある。 左に2枚、右に4枚である。 下段は左に5枚、右に3枚でこちらは札と札の間はあいていない。 自陣に友札が来ている場合は、いろいろな形で2カ所に分けて置いてある。 だいたい、左藤の言っていたとおりである。
 友札が出た時のシミュレーションは、いくつかのパターンを考えなければならない。 どちらに先に手を出せば、合理的に効率的に手を移動させられるか考えながらの暗記である。 そこに普段の練習では現れない上段中央がからんでくるので、覚えにくいことは確かだ。
 そして、山田先輩が言っていたとおり、札を一枚ずつ離して置かれると、札直で取らなければいけないという暗示にかけられてしまう。 だいたいのところを手前からバサッと払うというのは、正論なのかもしれないが美しくないのは確かだ。 初段にもなっていない自分が美しさとか美意識を語るのはおこがましいのかもしれないが、そう思ってしまうものはしかたがない。 左中段、右中段というかたまりで覚えるのではなく、一枚ずつ、左中段の外側から順番に「ありま(あり)」、「はなの(はな)」、そして右中段の内側から「わすら(わす)」、「おと」、「かく」、「はなさ(はな)」と札の場所と決まり字を確認していく。 すごく丁寧な暗記作業となった。
 暗記時間は、双方が札を並べ終わってから15分を計測し始めるが、2組対戦があるので、2組ともに札並べが終了してからでないと計測を始めない。 こちらは、わりと早く並べ終えたが、伊賀さんと鈴木先輩のほうは、並べるのに時間がかかっていた。 鈴木先輩は並べ終わっているが、伊賀さんが時間をくっているのだ。
 「あれっ?この札は、どこが定位置だったかな?」とつぶやきながら、「あっ、そうだ。これは、ここだった。」と独り言ちて並べていた。
 「いやぁ、札並べるのが遅くてごめんなさい。意外に時間がかかってしまったもんで。でも、不思議なもんだね。並べているうちに定位置って思い出すんだねぇ〜。」と言うのが、全部、こちらの耳に入ってくる。 気になって、そちらの並べ方を見ると、伊賀さんも上段の中央に札を何枚も並べている。
 隣の対戦を気にしたことで、集中が途切れてしまったが、そこから一生懸命に自身の対戦の暗記に集中した。

 試合が開始するや否や、私は相手の取りの技術に驚いた。
 1枚目は「あり(ま)」で、敵陣の上段中央の左端に「あり(あ)」があった。私から見れば、右側の札なので、「あり」と読まれたら、「ありあ」の札を押さえたまま「ありま」の札を押し出すイメージでシミュレートしていた。 しかし、反応は相手が早かった。 「あり」の二字で「ありあ」の札を手首を手前に返して斜め手前に払うと、その1枚だけ払った「ありあ」の札が「ありま」の札にあたって、「ありま」の札を札押しで陣外に出してしまったのだ。
 「すごい!」
 心の中でただただ感嘆していた。
 2枚目はカラ札であったが、3枚目に読まれたのは「はな(の)」である。 私のシミュレートは、相手の右中段の「はな(さ)」を「はな」で払い、すぐに左中段の「はな(の)」に渡り手で行くというものであった。 自分から見て左から右のワンツーは、理にかなった取りである。 「はな」で、私は「はなさ」を払った。 相手も、渡り手は自分から見て左・右のワンツーなので「はな」と読まれたら「はなの」から行く。 お互い、渡り手で渡る前に取り分けており、「はなの」から行った相手の取りとなった。
 1枚目の驚きはあったが、札の出が逆だったら今の「はな」は作戦通り取れていたと思ったら、自分でも行けるぞという気持ちになってきた。
 その後、自陣を取られて、友札を分けられてくる展開になったので、暗記を入れなおす必要が生じたが、少し興味を引くことがあった。
 私が自陣を取られた時、相手は自陣左下段の「わす(れ)」を残し、右中段の「わす(ら)」を送ってきた。 そして、「札をつけますね」と言って、右中段の一枚ずつ離して置いてあった札を3枚普通にくっつけ直したのだ。
 逆の現象もあった。
 私が自陣を取られた際、相手は自陣右下段の「みか(き)」を残し、左下段の「みか(の)」を送ってきた。 そして、今度は「札を離しますね」と言って、左下段の4枚の札を1枚ずつ1僂曚瀕イ靴特屬い燭里澄
 相手が、右下段から二字に決まっていた「みか(き)」を送ってきたときは、「札を離しますね」といって、右下段に残った2枚の札をこれまた約1冦イ靴特屬い拭
 試合途中ではあったが、このくっつけたり離したりにどんな意味があるのか不思議に思っていた。
 そして、試合の進行の中で、この右下段の2枚の札は、ふたたびくっついて並べられるのだった。 いったい、なんなのだろうと練習のあとには必ず質問しようと試合の集中力を欠く思いにとらわれていた。
 一方、上段中央の取りは、1枚は突き手で1枚は押え手で取ることができた。 突き手で取れたのは2字決まりの「なつ」の札で、押さえ手で取れたのは、自陣敵陣で分かれていた4字決まりの「なにわえ」の札だった。 こちらの陣の「なにわが」の札に深く攻めてきてくれていたので取れたのだと思う。 お手つきが怖かったこともあり慎重に押さえたが、わりと低い手の出し方で押さえることができたので、我ながら良い取りだったのではないかと満足だった。 いずれにしても、左藤との対戦でのわずかばかりではあったが上段経験が活きたのかもしれない。
 そして、また、興味をそそられたのが、上段の札が減ってきたときの札の置き方の微調整の方法である。 札が多かったときは、1枚ずつの間は数ミリだったが、札が減ってくるとセンチ単位の幅になる。どういう原則かよくわからないが、その幅を均等に調整するのである。
 そうすると、元の位置から札の位置がずれる。ずれた場所で暗記しないともとあった場所に近い別の札を取りにいってしまうのだ。 これをされると、山田先輩が言うようなだいたいの位置からの払いというわけにはいかなくなる。
 そして、左藤が言っていたとおり、上段の札を気にすると、相手の下段へのアクションが遅くなってしまう。
 他人からの情報を実体験したこと、そして、自分なりに気づいたことがいっぱいの面白い対戦となった。10枚差は善戦だったのではないかと思う。

 自分の試合が終わって、隣の伊賀さんと鈴木先輩の試合に目を向けると、鈴木先輩は4枚、伊賀さんは6枚の持ち札である。 鈴木先輩は、左右の下段に2枚ずつ札を配置し、伊賀さんは右下段に1枚、上段右端に1枚、そして等間隔に中央に向け3枚、中央から左におなじ間隔で1枚置いている。
 伊賀さんが、鈴木先輩の左下段を抜けば、鈴木先輩が伊賀さんの右下段を抜く。 伊賀さんが上段中央で守れば、鈴木先輩が右下段で守る。 4枚対2枚、鈴木先輩が左下段の札を右下段に移動し2枚を並べる。 伊賀さんは、上段右端から等間隔に3枚、右下段に1枚。 鈴木先輩が自陣を守り、リーチ。 伊賀さんは、その相手陣の1枚への素振りを見せる。 攻めるぞという姿勢を示しているのだろうか。次の出札は伊賀さんの右上段端の1枚。 敵陣に出かけた手を方向転換し、自陣をキープする。 伊賀さんは、敵陣への素振りを続ける。 カラ札が1枚読まれたあとに、鈴木陣の札が読まれる。強烈な伊賀さんの攻め。
 「はいった!」と伊賀さんが叫ぶが、鈴木先輩は落ち着いて「無理です。私の守りが早いですよね。」と主張。
 「そっか、、、そだね、、、無理かぁ、、、ありがとうございました。」
 3枚差で鈴木先輩の勝利。 でも、これが20年ぶりのかるたで、決まり字がどうこうとか、定位置がどうだっけって言ってる人の取りだろうか。

 吾野さんのほうに向きなおって「ありがとうございました」と再度、頭を下げた。
 「隣の終盤、見ごたえがあったね。」
 「はい。20年ぶりでもあんなに取れるんですね。定位置どうだっけとか言ってる人が。」
 「まぁ、あれはある意味、三味線だよ。そんなの信じちゃだめだよ。」
 「そうなんですか。」
 「あぁ、あいつは学生の頃から、調子が悪い、身体が痛いと言うのが口癖みたいなもんで、実際始めると、ビシバシ取って大差をつけて勝つやつだったんだよ。」
 「先輩と同じような上段の置き方でしたね。」
 「ぼくらがかるたを始めたころは、うちの会もけっこうな人数、上段中央を使っていたね。結局、ぼくらは、最初は先輩のスタイルを真似して、それを自分なりにアレンジしてきたって感じだね。平成にはいると、そういう先輩がいなくなって指導する先輩が左右にきれいにわけるタイプになったので、上段使いはすたれたというか、いなくなってしまった。ぼくらは、いまだに昭和の香りを残すかるたをしてるんだよ。」
 「昭和の香りですか、、、」
 「……」
 「質問していいですか?」
 「いいよ。」
 「ぼくの浮き札の取り方どうでしたか?」
 「君も、浮き札っていうんだね、この前の左藤くんも浮き札っていってたけどね。ぼくの上段の札は、世間様は浮き札というかもしれないが、浮き札じゃなくって、地に足を付けた立派な定位置としての札の配置なんだよ。だから、上段の札とか、中央の札とか、まんなかへんの札とかって言ってほしいな。」
 面倒くさい人だなと思いつつ、そういう思い入れがあるようなので、「わかりました。」と素直に答えておく。
 「『なつ』の突き手はよかったよ。お手本のような突き手だった。『なにわえ』の押さえ手も合格。低く手をだしていたのがよかった。でもね、あの押さえ手ができるんだったら、囲い手を使ってもよかったかな。」
 「そうなんですね。わかりました。上段ってとりにくい感じなんですけど、なにか攻略法はありますか。」
 「まぁ、あまり上段中央だからって意識しないことかな。突きも払いも、他の場所の取りの延長というか応用だよ。ただ、押さえ手の時に、手を高くしないこと。押さえ手の時は低く、そして押さえる面積は小さく。今日は、こっちだけが上段使いだったけど、二人とも上段使いだと、押さえ手で押さえる面積を広げると両方の陣を触ってしまうお手つきのもとだからね。」
 「やはり、札直は意識したほうがいいんですか?」
 「そりゃ、札直が一番いい。でも、それを意識して遅くなるくらいなら、だいたいのところを場所に応じて左右のどっちかに払い飛ばせばいいんだよ。手首の使い方がポイントになるけどね。」
 「札直を相手に意識させて、適当に払わせるの防ぐ意味で、1枚ずつ離して置いているっていうのは本当ですか?」
 「たしかに相手に対してはそういう側面もある。でも、あれは、自分に対しての札直の意識づけなんだよ。自分はあのスタイルに慣れているからね。相手に対して、ごくわずかかもしれないけど、慣れの分だけアドバンテージがあると思ってる。」
 「自分が札直を意識しすぎて遅くなるってことはないんですか?」
 「ないね。札直は意識しているけど、だいたいという位置感覚で手を出している。ポイントは視認。目で札の場所を確認していること。そして、出札に手を出したら、その瞬間視線を向ける。払い残しや突き間違えがあれば、すかさずリカバリーする。遅くなるケースをあげるとすれば、札直の意識ではなく、払い残しや隣の札を突いてしまったような時だね。」
 目視の大事さは、以前、先輩から言われたこともあったが、なかなか実践できずにいた。あらためて、その重要性を意識することができた。
 「目で見るって大事なことなんですね。」
 「目で見ることっていうか、視界に札が入っているっていうことにはもう一つメリットがあると思っているんだ。ただし、これは賛同者はあまりいないし、デメリットを強調する人もいるんだがね。」
 「どういうメリットがあるんですか?」
 「視界に入っている札って、見えていることで感じが早くなるような気がしているんだ。あくまで、ぼく個人の仮説で証明はされていないんだけどね。反対派は、札を見ていると見ていない札が取れなくなるって主張する。特に敵陣の右下段を抜こうと、身体もそっちに向けて、視線も敵陣の右下段に向けていると、右下段が出た時はいいが、それ以外の札への反応や動きが遅くなるっていうんだよ。」
 「たしかに、狙い札を見ていると狙いもばれるし、ほかが取れなくなるっていうのは先輩たちに言われました。」
 「ぼくが言うのは、そこまでの意味での札を見るってことではないんだ。上段の中央に札があると、いやがおうでも目にはいるよね。そういうことを言っているんだ。感じだけでなく、目に入る回数も多くなるので暗記も入りやすい。そして、上段のだいたいの場所も視認できていることで、札に直接いくことに役立つんだよ。」
 「目で頻繁に上段の札を見ているから、札を等間隔に並べ直した時に、位置がずれていってしまっても対応できているんですね。」
 「おっ!わかってるじゃないか。そのとおりだ。」

 「上段以外のことも聞いていいですか?」
 「いいよ。」
 「左中段の『ありま』を『ありあ』の札をあてて出したのは、すごい技だと思ったんですけど、何かコツはあるんですか?」
 「あれは、たまたま上手くいっただけで、いつもあんなにうまくはいかないよ。上段左ゾーンの札の位置と左中段の友札の位置にもよるんだけど、上段から斜めに引きづったり、こんな感じで、上段できかせたスナップを中段の札で逆に手首を返すとか、場合によっては手刀のような形で左中段の出札の上に落とすとか、そういった二段モーションのような取りもあるね。」
 身振り手振りをつけて解説してくれるのでわかりやすい。
 「左中段の札は、くっつけてならべないんですか。」
 「あそこが定位置の札は無くてね。右側の札と上段の札に友札が来た時の臨時の友札置き場っていう感じなんでね。あそこの札を離して置くのは、友札をここに分けて置いてますよってことを強調するような意味合いで離して置いてあるんだよ。」
 「そうなんですか、定位置を決めない場所。友札の一枚を分けるときの上段の浮き札のような置き場所としての左中段ってことなんですね。」
 「そう、そのとおり、今の浮き札の使用法は正しい使い方。」
 「右中段の『わすら』を送ったあと、中段の札をくっつけたのは何故なんですか?」
 「『わすれ』『わすら』は左下段が定位置なんでね、左中段に友札を逃がす場所としてはふさわしくない。というわけで左下段が定位置の友札は、上段に逃すこともあるけど、上段や右中段の枚数を考慮して、今回は右中段に置いた。友札の別れが右中段にあるよっていうことのサインとして、離して置いた。そして、その別れ札を送ったよというサインで、普段の定位置で置くようにくっつけたってこと。」
 「友札の分かれを知らせるサインですか。思いもつきませんでした。」
 「左下段が、最初くっついていたのが、離れて置くように変わったのも、何かのサインですか?」
 「それは違うんだな。ぼくはね、自陣の左下段の取りが下手くそだったんだ。先輩に教わった右肩をストンと落とすような感じの払いができなくて、ちょっと手を出して斜め後ろに引くような払いしかできない。でも、内側には一字に決まりやすい札の定位置がある。一字に決まった時には、直に行って札に届く払いができる場所に札を置いておけば、こんな具合の払いで、素早く払える。」
 また、解説とともに実演してくれる。
 「その位置を外側から5枚目の位置とさだめて、左下段が5枚を切ったら、その5枚分の幅で等間隔に並べる。だから、最初はくっついていても、枚数が減ってくると離して置くことになるんだ。」
 「左下段が一枚になったときに、その札が一字に決まっていたら、それはどうするんですか?」
 「さっきの試合でもそうだったけど、これは一番外に置く。」
 「取るのが遅くなってもいいんですか?」
 「競技線、すなわち自陣を広く使うという考えからいうと、やっぱり一番外が落ち着くんだよね。一字決まりだと相手も狙ってくるだろ。その時、相手から一番遠いところになるわけだよね。狙ってきてでなければ、その他の場所を拾いやすくなるよね。また、相手が右下段を狙って手を出してくるんだったら、ちょっとくらい遅くても、なんとかなるもんだよ。」
 「なるほど、そういうふうに考えればいいんですね。」
 「早く取れなければ、ゆっくり取るしかないんだよ。ただし、ゆっくりでも、相手より少しばかり早く取れれば、それは取りになるんだから、、、」
 「、、、、、」
 「どうかした?」
 「いえ、そんな考え方したことなかったので。早く取るってことばかり考えてました。」
 「これから初段になるんだろ。B級にあがるまでは、基本である早く取るための練習をしたほうがいい。そうしないと、本当は早く取れる力があるのにそれを鍛えないまま上級者になってしまう。そうすると、壁がはやく来るし、苦労も多くなる。基本である早く取る力って、野球のピッチャーでいえば、どれだけ早い直球を投げられるかなんだよ。早い直球が投げられれば、変化球も活きてくるわけだろ。まずは、直球のスピードをあげる。次にコントロール。これは、札直でいけるような正確さだね。そして変化球。これは、それ以外の様々な技術だね。」
 「ありがとうございます。わかりやすいたとえなので、理解できます。」
 「なら、よかった。」

 「最後に、右下段のことを聞きたいんですけど。」
 「いいよ。」
 「右下段は3枚くっついてましたが、『みかき』をこっちに送ったあと、2枚を離しましたよね。その理由を知りたいんですが。」
 「あの時は、もう『みか』に決まっていて、しばらく右下段に置かれてたよね。ぼくの中では、結構強く暗記の入っていた札なんだ。しかも右下段、視野に入りにくい場所の札だから、暗記だけで身体が動いてしまう傾向がでてしまう。そういう札を相手陣に送ると往々にして、元の自陣の位置を払ってしまってお手つきすることがある。だから、送ったよということを自分自身に染み込ませる意味で、そのサインとして札を離して置くんだ。そして、万一、自陣に手が出ていってしまった瞬間、払うほうに視線を送るので、その時に札が離れたサインが目にはいれば、すぐに手を浮かせる。もうその時は、相手が相手陣でその札を取ってくれて構わない。お手つきするよりは被害が少なくてすむだろ。野球が好きそうだから、野球に例えると、ピッチャーゴロをさばこうとしたら、お手玉してしまって、慌てて一塁に投げたら悪送球で2塁まで進塁されてしまったってことがあるだろう。そこは、1塁セーフを阻止するのはあきらめて、被害を広げないっていうイメージだけど。ニュアンスはわかる?」
 「すごくよくわかります。」
 「よかった。」
 「でも、先輩の工夫って面白いですね。よく、札の置き方を自分へのサインにするとか考えますね。」
 「なんども、失敗したりしてるからね。まあ、ほかにも自分なりの札の置き方サインを決めている選手もいるよ。」
 「ほかにはどんなのがあるんですか?」
 「うつしもゆの定位置を中段にしておいて、一字に決まったら下段に下げるとか、囲い手の苦手な選手が、大山札は囲いづらいように端には置かず、片方が出たら端に動かすとか、決まり字の変化によるタイプがあるね。わりとわかりやすいのがこのタイプだね。」
 「たしかにわかりやすいですね。隣の試合についての質問でもいいですか?」
 「かまわないけど、当事者じゃないからね。」

 「伊賀さんが、札をばらばらに置いていた狙いはなんですか?」
 「敵陣を攻める気が十分だが、自陣のほうの札が多く敵も攻めてくるだろう。ばらばらに置いておけば、敵の攻めは分散して、自分が攻めやすくなるし、自陣の札を取るチャンスも広がるっていう感じかな。でも、昔のあいつなら、左の下段にも札を置いてたと思うし、4枚2枚の時点で、上段は置かずに左右に2枚づつ置いたように思うけどね。下段のほうが狙われやすいと思ったのかな。」
 こちらの会話が耳に入ったのか、伊賀さんが反応した。
 「勝手なこと言ってくれるね。本当に久しぶりで、腰の切れがなくって、左下段を昔のように取れなくなってたんで、上段使ったんだよ。」
 「そういうことだそうだ。」
 「わかりました。ありがとうございます。」

 「もうひとつ、いいですか?」
 「いいよ。」
 「よく、下段の札がなくなると、中段の札を丸ごと下段に動かし、上段の札を丸ごと中段に動かす人がいると思うんですけど。」
 「いるよ。」
 「あれって、どう思います。元の段を払っちゃわないんですかね。僕はダメですね。元の段にいっちゃいます。」
 「ぼくも無理。あれができる人を尊敬します。できる人は、それでいいんじゃない。できない人が真似することはない。まあ、状況に応じて、下段がなくなったら、1枚くらい動かして下段に置くことはあるけどね。」

 「最後の最後に、もう一つだけいいですか?」
 「じゃあ、本当に最後ね。」
 「先輩にとって定位置とはなんですか?」
 「最後に重い質問してきたね、、、」
 今までは、さくさく答えてくれていた吾野先輩が考えこんでしまった。
 「定位置か、、、」
 考えをまとめようとしているのか、口の中で何かもごもごと言っている。
 「う〜ん。そうだね。定位置ね。難しいけど『相棒』かな。う〜ん、いや、『パートナー』って言ったほうがいいかな。いやいや、もっと突っ込んで『夫婦』って言ってもいいかもしれない。さだめられた運命で出会い、人生をともに過ごしていく中で、新しい発見があったり、お互いが変わっていったり、そのぐらいの思い入れがあるよね。もうじき45年の付き合いになるんだから、そのくらいの重みがあっていいんじゃない。」
 質問しておいて、こんな感想でいいのかどうかわからないが、あまりに意外な回答に驚いた。 鈴木先輩の衣装みたいなものっていうような回答があるのかと思っていたら、あまりに重い回答だった。
 それこそ昭和、平成、令和と自分の定位置とともにかるたを競技してきた大先輩ならではの回答のような気がした。
 「芯矢くん、せっかくつくった定位置なんだから、大事にするんだよ。それは、変えちゃいけないってことじゃないからね。大いに変えていいんだ。君の定位置と一緒に君のかるたも成長していくって考えればいい。」
 「ありがとうございました。」
 深々と頭をさげて、席を立った。
 鈴木先輩がしめの挨拶をして、この日の練習会はお開きになった

** エピローグ **

 昼食後の午後一番の授業は、猛烈に眠くなる。
 とはいえ、机の上のものを払うような居眠りはしていない。

 「シンヤ、お前、また居眠りしてただろ。」

 授業が終わると左藤が寄ってくる。

 「してねぇーよ!」
 「おでこが赤いぞ、枕代わりの腕のあとだろ。」
 「気のせいだろ。サトッチのおでこのほうが赤くなってるじゃないか。」
 「バカ言うな。それこそ気のせいだろ。」

 左藤は、いつも私よりも遅く教室に入る。 そして私より必ず後ろの席に座る。 人の様子をうかがっているような感じで、勘弁してほしい。
 たぶん、自分が居眠りしていたことの照れ隠しに居眠りの嫌疑を私にかけようとしたに違いない。

 「今日の練習に、夕子ちゃん連れてくから。見学したいんだって。」
 「へぇ、よくこんな因果な競技に興味持ったね。」
 「俺がやってるからだろ。」
 「よく言うよ!」

 この前の左藤の練習欠席の野暮用とは、本当に野暮用だったというべきか、デートであったらしい。 その相手が「夕子ちゃん」というらしい。
 私と左藤が出場した初段認定大会に、左藤の彼女が応援に来ていた。 いままで左藤の「こいばな」など聞いたこともなかったので驚きだった。
 その応援のおかげのせいかどうかはわからないが、左藤は無事に初段に認定される成績を収めた。 それで、彼女は競技かるたに興味を持ったらしい。
 私はと言えば、初段認定大会では全勝で初段に認定された。 これで、D級初段ですと胸をはって言えるようになった。
 お世話になった、吾野先輩や山田先輩、志田先輩にお礼が言いたいが、最近の練習には顔を出してくれていない。

 私が、認定大会で好成績を収められたのも、OB/OGの諸先輩、そして現役の鈴木先輩から、定位置についての考えを聞く中で、定位置の「定(さだめ)」の文字の呪縛から解放されたおかげだと思う。
 以前より、自由に考えられるようになったし、臨機応変な変更もすれば、好きな札、自陣で取れる札は、自陣で取っていいじゃないかと開き直れるようにもなった。
 自陣の定位置に先に感じたら、そこからあえて敵陣の友札を攻めにいくような無駄な動きがなくなった。それを守りというならば、言わば言えと思うようになった。
 それが、自分の個性だし、敵陣に先に感じるときはそのまま攻めればいい。
 かるたを取る時、気持ちがすごく楽になった。きっと志田先輩との話が活きているのだろう。
 定位置は、衣装だという鈴木先輩の話もありがたかった。この試合は赤いTシャツの気分とか、黄色いTシャツの気分という感じで、友札をくっつけたり、左右に分けたりもしている。
 札を離しておいたり、くっつけたりということもするようになった。実践でやってみると、山田先輩や吾野先輩が言っていた札直を相手に意識させる感覚がよくわかる。
 そして、吾野先輩の言うような自分なりのサインとしての札の置き方も試してみている。お手つき防止に役立っているかどうかは、まだわからないが、そういう工夫を考えること自体がちょっと楽しい。

 そして、リア充な左藤にかるたで負けるのは悔しい。練習で勝利し、C級二段への昇段は左藤よりも先んじたいと思う。
 吾野先輩の言葉ではないが、定位置という相棒と一緒に自分のかるたも成長させていけば、左藤より早く強くなれる気がしている。
 最近の個性的な先輩達との出会いは、本当にありがたかったし、楽しかった。
 今度は、昭和風の上段使いの練習もしてみたいと思っている。 そして、その成果を吾野先輩にぶつけてみたい。
 その時、吾野先輩は私のかるたから昭和の香りを感じ取ってくれるだろうか?

= 完 =


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