新 TOPIC  -不定期連載かるた小説-

「さだめ」

〜第4回〜

Hitoshi Takano May/2023


** 第6章 定位置は衣装? **

 私が山田先輩に勝った練習の翌日、左藤との話は、私のOB初金星の話題だった。
 「シンヤ、いいなぁ。金星取れて。俺も山田さんと取らせてもらいたかったなぁ。」
 「俺に勝っておいて、何、言ってんだか。」
 「俺も、金星ほしい!!!」
 「また、来てくれるみたいだから、その時に、練習を組んでもらえばいいじゃん。」
 「来てくれるかなぁ。志田先輩とも取ってみたいな。」
 「志田さんは、論文執筆があるみたいで、しばらくは来ないんじゃない。俺は、吾野さんと取ってみたい。」
 「吾野さんなら、また、近々来てくれるんじゃないの。鈴木先輩が言ってた。」
 「えっ。そうなんだ。じゃあ、取らせてもらえるかな。」
 「たぶん、大丈夫じゃない。それから、今日は、練習休むから。鈴木先輩には言ってある。」
 「珍しいね。サトッチが練習休むなんて。」
 「ちょっと、野暮用があってね。」
 「ふ〜ん。それじゃあね。」
 野暮用なんて言葉を久々に聞いた。
 あわただしい昼休みが終わると第3時限の授業だ。 今日は、夕方から対面練習のある日だが、その前に学ぶことは大切だ。 正課の授業と課外活動は、バランスよく両立させなければならない。 柄にもないことを考えながら、教室に向かった。

 今週は、練習が二日続きで組まれている。 初段認定大会への出場について、抽選結果が出て、出場できることになったので、しっかりと練習して、初段を取りたかった。
 とは言うものの、練習しすぎて、試合当日に疲労がでてしまっては、何のための練習かわからない。 試合当日にコンディションをピークに持っていくような練習をしたい。
 練習会場に行くと、鈴木先輩が一人しかいない。
 「えっ。今日はみなさんどうしたんですか?」
 「二日続きの練習を入れたけど、いつもと曜日が違ったりしてるから、バイトやらなんやらで、1試合目は、二人だけ。2試合目には、吾野先輩が来てくれることになってる。」
 「サトッチが、野暮用とか言ってましたけど、、、」
 「今日は休むって聞いてるけど、理由は聞いてない。それこそ野暮用なんじゃない。それじゃあ、私と練習ね。着替えてきてちょうだい。」
 「はい。よろしくお願いします。」
 準備が整い、練習が始まる。

 鈴木先輩は、小学校5年生の時に自宅の近所のかるた会で競技かるたを始め、中学2年までの4年間続けたそうである。 B級まであがったが、高校受験があるので、近所のかるた会は退会したとのことである。
 進学先の高校では、競技かるたはせずにダンス部で活動していたそうである。 しかし、大学に入って、偶然、かるた会の新入生募集チラシを渡されて、もう一回、競技かるたをやってみようと思ったらしい。
 中学までの定位置は、一から見直して、大学で作り直したと言っていた。 大変だったのではないかと聞いたことがあるが、新しい気持ちでやりたかったのもあるし、小学生で習っていたのと、うちの先輩たちの言うかるたが、結構違うので、作り直したほうがいいと思ったという話を以前聞かされていた。
 小学生の頃は、背も伸びていなかったから、敵陣が届かず、守り中心になっていたが、中学に入って身長が伸び始めて、敵陣に届くようになって、それで強くなってB級にあがれたというのが、本人の分析である。
 「でも、過去は過去。大学に入ったんだから大学のかるたを取りたいと思ったので、定位置もかるたのスタイルも全部変えたのよ。変えたおかげで、A級に上がれたのかもしれないわね。」と聞き、思い切りのいい先輩だと感心したものである。
 こんな話を思い出すと、自分の定位置で、自陣にこだわっている自分はいったいなんだろうと思ってくる。
 そんな先輩との練習は、先輩の猛烈な攻めは、中途半端な守りではしのげるわけもなく、攻めに活路を見出さざるをえない。 守りという退路を断たれるので、攻めのための練習には、いい練習相手なのである。 しかし、甘い攻めでは、戻られてしまうこともしばしばで、12枚差での負けは、最近の二人の対戦の平均値の枚差である。
 特筆すべきは、双方ノーミスであったことかもしれない。普段なら、お互いに2〜3回はお手つきをしてしまうのである。 お手つきしないように意識して慎重に取ったわけでなく、きちんと攻め合った上でのノーミスは、集中力が研ぎ澄まされていたからかもしれない。

 「シンヤは、まだ、自陣の自分の定位置の札が気になるようね。攻めが遅れるのは、そのせいでしょ?」
 「いや、意識して敵陣を攻めるようにしていますけど、、、」
 「1テンポ、遅れるのよね。攻めが。だから、私が戻れるの。」
 「そうですか?」
 「そう。私のように、今の定位置をチャラにして、新しく定位置つくる?」
 「無理です。新しい定位置つくっても、今の定位置に反応してしまうと思います。」
 「まあ、そうかもしれないわね。」
 「そうなると思います。」
 「定位置、もっと楽に考えなさいよ。相手に合わせる定位置っていう考え方もあるのよ。」
 「えっ?なんですか?それ。」
 「私がB級優勝した時の相手の人でね。友札を分けて、こっちに送るでしょ。私は、自分の定位置に送られた札を置くの。そうするとね、その人は、その関係が縦の別れだったら、そのまま何もしないけど、対角線の別れになると、自分のほうの札を動かして、縦の別れの形にするの。不思議なかるただなぁって、その時は思った。」
 「そうですね。それって、敵陣への攻めを意識して、攻めて違っていたら、『じゃない』って、必ず、縦の戻りをするってことですよね。」
 「そうなの。普通は、戻りは、縦の戻りと対角線の戻りの2パターンで、それが左右だから、結局4パターンの戻りの動きになるの。それを攻めの音ごとにシミュレートするわけでしょ。でも、その人は、2つのパターンだけシミュレートすればいいわけ。」
 「自陣の定位置優先でなく、相手の定位置優先なんですね。」
 「そういうこと。それで、縦の『じゃない』の戻りが早いの。というよりも、こちらへの攻めの飛び出しが早いから、こちらはそれに牽制されてしまって、こっちの攻め手が鈍っている間に戻られてしまう。負けずに、早く敵陣に手を出すか、遅れた場合は、相手の腕の下をかいくぐって、戻られる前に手前から札押しで出すしかないの。相手の早く出た手というか腕が邪魔で、遅れると札直は無理。相手の戻りは周りの札を巻き込みはするけど札直に戻るから、、、」
 「そういう時って、けっこうもめたりするんじゃないですか。」
 「そうね。出札が相手の後ろに飛んでれば、こっちは遅れていて無理。真横に飛んでれば、こっちの札押しが相手の戻りより早かったっていう感じかしら。斜め後方に飛んでると、ちゃんと札を目で追っかけてないともめの原因になるわね。」
 「すごいですね。」
 「こういう人もいるのよ。自陣の定位置なんて、そんなに気にすることないのよ。」
 「そうですか、、、」
 「もうひとつ、面白い話をしてあげるわね。これは、吾野先輩の受け売りだけど。吾野さんの1学年上の人で、高校生でA級になっていた人でね。定位置がないっていう人がいたんですって。あるとき、最初の25枚をシャッフルしてその順番に自陣にならべていったそうよ。自分には定位置がないって宣言していたらしいのよ。」
 「それでA級ってすごいですね。」
 「語録があってね。自陣でお手つきする後輩に対して『定位置なんてもんがあるから、自陣でお手つきするんだ』っていったり、大学卒業の年に『最近、俺も堕落した。定位置らしきものができてきてしまった。』って、いったりしてたらしいのよ。」
 「それも、なんか洒落た発言ですね。」
 「こういう人たちって、ちょっと特殊なのかもしれないけどね。こういう経験をしたり、こういう話を聞いて、私は、こう考えることにしたの。」
 「、、、、、?」
 「定位置って、衣装のようなものだって。」
 「衣装?」
 「そう。服装っていってもいいけど。要するに、どんな服を着ていても、着ている中身の私は私。青いTシャツでかるたを取ろうが、赤い和服でかるたを取ろうが、私のかるたの本質は、変わらない。相手は、こっちが、Tシャツか和服か、赤い服か青い服かで何かを感じるかもしれないけど、実は、私は私。私は変わらない。お相撲さんが、締め込みの色を変えようが、横綱は横綱。平幕は平幕。締め込みの色で、相撲の強さが変わるわけじゃないでしょ。定位置って、そんなもんだと思っておけば気が楽なんじゃない。」
 「はぁ、、、そんなもんですか、、、」
 「そう。あなたのように、自陣の定位置を気にしすぎる人は、そのくらい楽に定位置を考えて、今日は青いTシャツ、明日は黄色いTシャツくらいの感覚で、ラフに自陣の定位置を考えなさい。」
 「はい、ちょっと気持ちを切り替えてみます。」
 「がんばってね。」

 鈴木先輩も最近の私の問題意識や、それで悩んでいろいろヒントを得ようとしている様子に気づいていてくれたのだろう。
 二人しか練習場にいなかったこともあって、いつになく深くアドバイスしてくれたように感じた。

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