再・後輩への手紙(10)

Hitoshi Takano SEP/2014

質問に答える


前略  
 後輩のみなさんとの練習のあと、いろいろと質問をいただきます。ただ、時間に限りもあるので充分に言い尽くせない点も多々あります。そこで、代表的な質問を取り上げて、Q&A方式でお答えしようと思います。

 まずは、素朴な質問から…。

Q1.座布団を敷いてますが、取りにくくありませんか?
  (類似の質問に「座布団敷くと膝が楽ですか?」など)

A1.膝への負担を軽減するためです。座布団での取りに慣れたので取りにくくありません。
 若いときと較べて体重も増加し、膝への負担がかかるようになって座布団を使い出しました。今では、座布団に慣れているので苦になりませんし、楽です。逆に座布団がないとしんどいです。そういう時は、タオルを重ね折りしたりして膝を保護します。
 試合会場に座布団がない場合は、可能な限りマイ座布団を持参します。また、膝専用のミニ座布団も1セット(2枚組)持っています。
 バレーボール用の膝サポーターを使う人もいますが、私は膝の裏の圧迫間や発汗が嫌で使いません。膝に負担を感じる方には「座布団」をお勧めします。
 座布団は銘仙サイズがよいです。小さいサイズの座布団だと膝の位置が座布団のサイズに左右されてしまうことがあるからです。また、銘仙サイズでは厚手のふかふかのものが多いのですが、厚手のものはダメです。払いのときに手の角度の調整が難しかったり、腰に負担がかかってしまうことがあります。適度に中の綿が圧縮された感じの薄めのものをお勧めします。膝があまり悪くない方や座布団使用初心者は、ウレタン素材を使った座布団から始めるといいと思います。

 次に個人的基礎情報に関する質問です。

Q2 .いつからかるたを始めたのですか?
  (類似の質問に「大学に入ってからかるたを始めたのですか?」など)

A2.大学に入学してすぐに「慶應かるた会」に入り、競技かるたを始めました。
 「いつから」という質問の意味には、何年からという意味もあるかと思います。1979年4月からです。

Q3. A級にあがったのは、いつですか?
  (類似の質問に「かるたを初めてどのくらいでA級に上がりましたか?」など)

A3.大学3年の9月の北国大会でB級優勝し、A級にあがりました。
 かるたを始めて約2年半です。総対戦数にして697戦でした。A級デビュー戦は、1981年の名人戦東日本予選です。

 次は、札の並べ方についての質問です。

Q4 上段に多く札を置くのは何故ですか?
  (類似の質問に「上段に多く置いているのは定位置 ですか?」「上段に札を多く置いて取りづらくないですか?」など)

A4.上段の札は、中央の札も含めて、基本的に定位置だからです。
 「定位置」というだけでは、回答として不十分ですね。なぜ、こういう定位置になったかというと、私が大学1年で競技かるたを始めたときの先輩たちに上段中央も含めて上段に札を置く先輩がいたので、それを見て真似をしたということがあります。
 左右にわけて両端に寄せて置くことを教わったものの、上段中央に札を置く先輩のスタイルを格好いいと思ったのです。
 先輩の中には、今の私のように上段にズラズラと並べる人もいましたが、左上段の札を左端に寄せないで、札3枚分程度中央に寄せて一枚ずつ離して置くというのが、そもそものスタイルだったそうです。1973年に学生責任者だった方が、「自陣の左上段の札は敵陣の右上段を攻めるときにひっかけやすいので中央にずらす」ということで、そういう定位置をされていたことから、その後の会員に伝わっていったという話です。
 私の後輩たちの中にも、上段派はいましたが、1990年代以降はあまりみかけなくなりました。
 さて、真似に始まった私の上段も、経験とともに変化していきました。それが今のスタイルにつながっています。(→参考
 こうした経験を経た上での上段についての私の考察は、以前にまとめたものがありますので、次のページをお読みいただければ理解が深まるものと思います。→ 上段論

Q5. 中段とか下段を一枚ずつ離して置くのは何故ですか?
  (類似の質問に「試合の途中で中段の札の 間をあけたのは何故ですか?」「試合の途中で下段の札の間をあけたのは何故ですか?」 など)

A5.右と左だと法則と理由が違いますが、建前としての共通項は出札に対して札押しではなく札直(ふだちょく)で取りに行くという気持ちをあらわれです。
 上記の理由については、以前「スダレ置きと呼ばないで!」というタイトルでTOPICに記載したことがありますので、ご興味のある方は、この文章を読んでいただければいいのですが、15年前の文章ですし、その時と今とでは、私の中の法則と理由が異なってきています。
 まずは、右中段と右下段の理由を解説します。これは、基本的に試合途中で離します。理由は、自陣にあった印象の強い札を敵陣に送ったという自分自身へのサインです。「この札を送ると、敵陣攻めないで、元あった自陣を払いそうだな」という自陣の印象の強い札があります。その間違いをしないために、札を離して置いて「あの札は敵陣に行ったんだよ」と自分に認識させるためです。暗記確認で印象付けるためはもちろん、自陣を払いにいってしまった瞬間に目が追いつけば、「札が離れてる!払っちゃダメ!」とぎりぎりで逃げられることもあるからです。したがって、その札が送り返されたり、読まれたりすると元通りにそれぞれの札をつけて置くスタイルに戻したりします。
 ただし、例外もあります。最初の配置で、一枚一枚を離して置くケースです。主に右中段で発生しますが、これは左下段を定位置とする札の友札が二枚揃ったときに左右に別けて置くケースです。「普段の定位置でないところに友札の片方が来ているから、渡り手だよ」という自分自身へのサインです。読まれたり、敵陣に送れば、札をつけて置くスタイルにします。左下段の友札の片方が読まれれば、右中段のほうの札をそちらに移動し、右中段は札をつけて置くスタイルにあらためます。
 次に左下段の理由です。これは、自陣の左下段が5枚未満になると5枚の幅の中で等間隔に一枚一枚を離して置きます。正直、私は自陣の左下段の取りが下手で、しかも遅いため、特に一字や二字といった最も内側に置く札が、構えた手の位置からある程度近いほうがよいからです。自陣左下段は、私の払いでは内側と外側では手の使い方が異なりますので、その使い分けをするのに、このくらいの範囲が必要ということです。この時に目指しているのは札直です。
 最後に左中段です。ここを離して置くケースは、もっぱら初形です。左中段は定位置にしている札はありません。なぜなら、自分では早く取れない上に、相手からは早く取られてしまう場所だからです。ここに置くケースは、友札が二枚来た時にわける場合と、二字決まりで定位置に同音が並んでしまうような時にわける場合です。ここは、送り札候補の集積地です。左下段の枚数とのバランスで、くっつけて置いたり、離して置いたりです。その時々のフィーリングで決めます。特に法則や基準はありませ ん。ここの札が残っているということは、敵陣を攻めあぐねている証拠となります。私としては、ここの札からせっせと敵陣に送りたいのです。

 さて次は、かるたのスタイルについての質問です。

Q6. 慶應は「攻めかるた」だと上級生から指導されますが、 先輩(私のこと)と取るとあまりそういう感じがしません。「守りかるた」なのですか?
  (類似の質問に「自陣は守っているのですか?」 「守り合いになってしまった感じの試合でしたね?」など)

A6.本人は、攻めているつもりです。気持ちは「攻めかるた」です。ただ、気持ちと現実が一致するかというとそうではないということです。
 私のかるたは、こんなに攻めの弱い「攻めかるた」があるかと言われても、守っているじゃないかと言われても、「攻めかるた」です。
 定義にもよるのですが、「守りかるた」を突き詰めれば戦略や送りの方法論からして「攻めかるた」とは異なると考えるべきです。(→「攻めかるた〜一般論として〜」「守りかるた〜一般論として〜」
 私の場合、上記リンク先の定義でいえば、あくまで「攻めかるた」の枠組の中での戦略であり送りです。
 それなのに何故「守り」というふうに思われてしまうのでしょうか?
 原因は、私のいわゆる「感じ(ひびき)」の遅さにあります。「感じ」が遅いため、別れに気付いて敵陣に攻めに出ようと思った時には決まりが聞こえてしまい、それが自陣だったらそのまま払ってしまうからです。したがって、敵陣が出たとしても、一テンポ遅れてしまうので、「攻めが遅い」と相手に感じられてしまうわけです。攻めが遅くても、相手の戻りまでに余裕があれば敵陣を取れるのですが、攻めが遅いということは、相手に戻られて取られてしまうという可能性が高いということでもあります。
 二字決まりも、一音目で反応できないと二字目が読まれてから動き出します。当然、無駄な動きはしている余裕がなく、出札に直接いかなければなりません。そうすると出札が自陣の場合、同音の札が敵陣にあったとしても、自陣の二字決まりを守っているように思われてしまうわけです。
 でも、本当の守りかるたのスペシャリストは、今の攻め重視時代にあって「感じ」が早くなければ成立しないと思っています。「感じ」が早過ぎてお手つきが止まらないという類の選手こそ「守りかるた」を目指すべきでしょう。こういう人は、お手付きをしないために友札を同じ陣にくっつける送りを中心とし、「感じ」の良さを活かした守りで、相手の攻めのリズムを崩すことで、先行逃げ切り的に枚差を広げ、差がある程度開いた時点で、「感じ」の良さを活かした攻勢に出るパターンを目指すということになるでしょう。現代のかるた界の攻め重視の中での「守りかるた」はこういうものでしょう。
 そもそも、「守りかるた」はリードすればするほど確率論的に自陣より敵陣がでるので、「攻め」へのギアチェンジが必要なのです。これができないと、常に終盤は接戦やむをえずになってしまいます。一方、「攻めかるた」は、リードすればするほど確率論的にも攻めればいいのでわかりやすいのです。「攻めかるた」はリードされた時に、確率論と「攻め」の理念とのバランスをどう取るのかを考えることになります。
 話を「感じ」の早さに戻しましょう。現代のかるた界では、「感じ」の早さは、お手付き云々を超えて「攻め」に利用すべきという思想で指導されます。「感じ」の早い人の攻めが決まった時は本当に手がつけられません。こうした斯界の流れの中で、私のように「感じ」の遅い人間が、「攻めかるた」をしようと思っていても上記のように「守りかるた」と思われてしまうのです。
 「攻めかるた」と「守りかるた」の違いは、「日本語」と「英語」くらいの違いがあります。言語として文法からして違うということです。しかし、私の「守りかるた」のように思われるスタイルは、「日本語」の中の「方言」程度の違いしかありません。「攻めかるた」という文法は同じなのですが、イントネーションや表現方法が異なるだけなのです。
 私は「攻めかるた」を目指して実践しようとしていますが、「感じ」が遅いために守っているように誤解されるということを理解いただけたでしょうか?

 少し毛色の違う質問を…。

Q7. 今までで一番強かった時期はいつぐらいですか?
  (類似の質問に「何歳くらいが実力のピークなのでしょうか?」など)

A7.「これから」です。
 と答えたいところですが、なかなか言えるセリフではありません。
 今までにHPに掲載した中に「自分史上最強論」「実力のバロメーター」という記述があるので読んでみてください。
 客観的にみると、フィジカルな面と経験値とのバランスを重視すれば、20代半ばから後半というのが実力的にピークという見方ができるように思います。
 しかし、40歳過ぎてから競技を開始する人にとっては、当然のごとくあてはまらないですよね。40歳を過ぎて競技かるたデビューをし、強くなっていった選手もいるのです。そういう方にとっては、「まだまだ、これから…」という気持ちがぴったりくるのではないでしょうか。
 やはり、気持ちは”Next One”でありたいものです。

 そろそろ、最後にしましょう。

Q8. 強くなるために何かアドバイスがあればお願いします?

A8.まずは、練習をすることです。
 といっても、これだけではアドバイスとしては不十分でしょう。ぜひ読んでいただきたいのが、 「競技かるたの要諦”十箇条”」です。
 練習もしすぎると「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、身体をいためてしまうこともありますので、自分の身体の状況に応じて、フィジカルな面では、無理の無い範囲で少々負荷をかけるくらいにしましょう。そして、練習では、いろいろと考えて試してみることです。そして、試した中でいいものを自分の技芸として身に着けるために反復練習をするとよいと思います。
 その工夫の際に、心がけたり考えたりするための材料が、上記の「十箇条」となります。
 参考にしていただければ、これにまさる喜びはありません。

 今までに聞かれ事のある中から、8つの質問を設定し、練習の直後などでは充分説明しつくせなかったことなどを回答にまとめてみました。それでも言い足りない気がしています。
 何か質問がありましたら、練習場で見かけたら、遠慮なく質問してください。できるだけ、わかりやすく答えたいと思っております。
 興味のあるかたは、私のHPから「作品集」をお読み下さい。こちらにも質問のタネが一杯ころがっていることと思います。
 それでは、また、練習場でお会いしましょう。
草々



次の手紙へ        前の手紙へ

手紙シリーズのINDEXへ        「質問に答える」のINDEXへ


トピックへ
慶應かるた会のトップページへ
HITOSHI TAKANOのTOP PAGEへ

Mail宛先