まだまだ・後輩への手紙(VII)

Hitoshi Takano   Feb/2021

緊急事態宣言


前 略 先月派出された「緊急事態宣言」ですが、せっかく抽選で出場権を獲得した大会も中止となり、練習も中止状態となり、いかがお過ごしでしょうか。
 新春か東かどちらかのD級で入賞できるのではないかと期待していたのですが、中止では仕方ありません。 年初に予定していた大会前の練習の時にアドバイスしようとしていたことは、この"letter"のシリーズの1月分で書きました。
 その中で、ややマンネリ化しているようにH君が感じている私との練習における工夫について、すこしばかり助言をしています。
読んでいただいて、いろいろ考えていてくれているようですね。
 どのようなテーマと作戦で臨んでくるのか今から楽しみにしています。

 さて、H君は、覚えているでしょうか? 今までも、いろいろなことをH君あてに書いてきましたね。
 H君が1年生であった2012年12月の記事では、フォームや払いについてでした。
 H君が4年生への秋進級後の2015年10月の記事では、かるたのスタイルの変更についてのアドバイスでした。守りスタイルと上段の取り方ですね。
 H君が島根で練習をしていたころの2017年8月の記事では、島根の高校生の送り札についての対応策でした。
 H君が東京に戻ってきて練習再開して半年くらいたったころの2019年6月の記事では、H君の戦術を私なりに考えた質・量ともにヘビーな内容でした。
 前回の緊急事態宣言で練習できなかった2020年5月の記事では、H君の並べ方の参考になるであろう明治期からの図や写真を紹介しました。
 今回の緊急事態宣言につながる東京都の感染急増で大晦日の1300人超に驚いたあとの2021年1月の記事は、本稿の冒頭で書いたとおりです。

 また、緊急事態宣言の発出で、私との練習ができない状態になってしまったので、札流しでも、払い練習でも、一人練習でも、札に触れて感触を忘れないようにしていてほしいと思います。 普通に練習できない期間だからこそ、じっくりと自分のかるたを見つめ直すこともできるし、私の攻略法を考えることもできると思います。 時間を大切にしてください。
 このような状況なので、練習会でもしばらく会えそうにありません。 時間を大事にする意味で、練習で対戦したあとに話そうと思っていた内容をここで書くことにします。 私の考える対H君戦のポイントを紹介しましょう。何かの参考になればと思います。

 基本的には、対H君の対策を何も立てなくても、実力の差があるので問題ないとは思っています。 とはいえ、2度ほど取りこぼしをしているので注意しなくてはいけないとは認識しております。 取りこぼしは、いずれも終盤に僅差としてしまったのが原因ですし、その原因には私のお手つきというミスがかかわっているので、 とにかく多くの枚差をつけた形で終盤に入り、お手つきをせずに安定的に逃げ切ることは考えています。
 先行逃げ切りがベストなわけですので、とにかく序盤からとばしてできるだけの大差をつけて勝つというのが一番いいのですが、 H君が力をつけてきた現在を客観的にみれば、それは難しくなりつつあります。 序盤に気合を入れすぎて大差をつけるぞと気負うとお手つきの原因になります。 平常心で自然体で序盤に臨むのが、良い試合への入り方です。
 ちなみに昨年の13試合の平均枚差は9.46枚。最少は3枚差で最大は15枚差です。 対戦を始めたころのように20枚差前後の差をつけることは難しくなりました。 目標は12〜13枚での勝利を安定的にと定めているのですが、昨年の実績でいえば、二桁勝利は7試合、一桁勝利は6試合(うち5枚差以内が2試合)でした。
 「意地でも一桁にしない」とか変に枚差を意識すると、「お手つき」を呼び込んでピンチを招くので、ここは無理をしないのが賢明だと思っています。
 H君も序盤が結構とれるようになっているので、最初の目標の20枚を先に切るという目標が難しくなってきています。 昨年の試合でも、一桁になるような試合では、20枚を切るのがH君が先だったり、ほぼ同時という感じでした。
 ただ、次の15枚を先に切るというポイントでは、H君のお手つきに助けられることが多かったかと思います。 このポイントで、こちらがお手つきをしてしまうと、残り札が過半数を切るという12枚への到達くらいまで競ってしまうという状態になります。 個人的には、この12枚を先に切るという目標設定は大事にしています。 序盤から思いどおりに取れずに相手に先行された時に、なんとかこの枚数までには逆転したいという目標のひとつなのです。 もちろん、相手に先行される度合いは対戦相手によっても違うのですが、H君との対戦では、ここでの逆転は必須の目標となっています。
 そして、H君に競られている時でも、この過半数ポイントの逆転のあとは、10枚を先に切って、5枚を先に切って、一枚ずつ堅実に減らし、先にゴールするという計画でいるわけです。
 昨年のパターンでいけば、序盤から順調にいったケースでは二桁勝利、序盤に先行されて競られたケースは一桁勝利で、5枚を割ったあたりでのお手つきをしてしまったケースが 3枚差・4枚差という結果になったという感じでした。この分析は、H君もだいたいうなずけるのではないでしょうか。

 試合経過の分析に続いては、対H君用の作戦について書こうと思います。手の内を明かすのですから、しっかり対策を考えてください。(といっても、だいたい感づいているでしょうが。)
 H君の陣(敵陣)の下段の1字決まり、2字決まりは無理に取りに行こうとしません。守りがはやいところですから、拾えればいいくらいに考えています。 敵陣の中段も、ほぼ同様ですが、下段よりは取りやすいので拾うだけではなく攻めに行く札もあります。 敵陣の中・下段の3字決まり以上の札はお手つきに気をつけて堅実に取りに行きますが、結構守られてしまうケースもあるので無理はしません。別れ札だったら、自陣に戻って拾えればよしとします。
 敵陣でターゲットにしているのは上段です。上段の取りには、私に一日の長があるので、ここで取って稼ぎます。
 自陣は、左下段は取られてもいいくらいの気持ちでいるので、拾えればいいと思っています。序盤にここの札が多く読まれると、結構とられて、二桁枚差が狙えなくなります。 そういう時に限って、敵陣の守りの強い中・下段の2字決まりの札が出て、そちらに先行されることが多いのはなぜでしょうか。 H君はこれで勢いに乗るわけですので、私としては勢いを消す算段をしなければいけなくなります。
 H君の勢いを消すには、お手つきをしてもらうか、札を連取するのが一番です。
 どちらの要素にも上段は役立ちます。 自陣上段は右のほうの2字決まりを取られることが多いですが、私の防衛線が上段になっているので、取り負けるという懸念はないものと認識しています。 H君は自分の陣の上段の札を引っ掛けてお手つきしてくれることもあるので、双方に上段が多いということは、技術力の差が出やすいのです。
 自陣の右の中・下段は、サウスポーらしい縦の攻めでたまに抜かれますが、多くの札は自然に守って取っている感じで札を減らすことができます。
 このように分析すると、私の取れる範囲がH君の取れる範囲を上回っているので、試合展開にもよりますが、昨年の平均枚差9.46枚は納得のいく枚差ということになると考えています。
 この分析は、H君もうなずいてくれると思います。ここにH君と私のお手つきの回数の差が加わりますので、平均してお手つきが私より多いH君はビハインドを背負うことになるのです。
 あとは、私の対H君用の送りです。普通なら2字決まりを送って、そちらの陣を攻めるケースでも、あえて単独の3字決まりを送ったりします。 これは2字決まりなら、そちらの中・下段に置かれて守られてしまう可能性が高い一方、3字決まりならH君にとって守りづらかったり、お手つきをしてくれる可能性が高いからです。 自分にとって、他の対戦者との試合の練習にならないので、本当はあまりやりたくない送りですが、中盤まで競られていると、差を広げるためのきっかけづくりのためにしばしば実践する送りです。
 対H君用でもう一点、私の普段の手法と異なる点を紹介しましょう。
 それは、H君が確信をもって送ってくる友札のくっつけ作戦において、すぐに別れ札に戻すべく送り返したりしないことです。
 H君のこの送りは、自分がお手つきをしないためという理由は副次的なもので、主たる理由は攻撃の対象とするというためのものです。 私は、これをあえて受けて、しばらくはそのままにします。理由は以下のとおりです。
     (1)H君の攻撃の実践的練習のため。
     (2)H君と自分自身の「渡り手」の練習のため。(基本的に左右に分けて配置するので、渡り手の実践練習になる)
     (3)H君がこの送り札は、攻めてくるので、H君の守りが手薄になり、こちらが攻めやすくなるため。
 私は友札2枚を並べて置かないので、最低でもどちらか1枚を相手より先に取れればいいと思っています。 出札が逆なら、それも致し方ないと考えています。一番のメリットは(3)の理由にあります。 H君の守りかるたを崩すための一つの方策になります。 こういう時が、私にとっても敵陣への攻めのチャンスになるので、試合の流れの中で大事にしています。

 このようにH君のかるたを分析し、どのように対策を立てればよいかを考えていて、新たな発見がありました。 緊急事態宣言で練習ができなくなったからこそ、落ち着いて考えることができ、そして気づいたのかもしれません。
 それは、H君の性格(H君のかるたの本質?)についてです。
 H君は、基本的にかるたに対して「律儀な人間」だということが、非常によくわかってきました。 私はH君は、かるたについては、もっと感覚的に捉えていて、気持ちの上下でかるたのスタイルも変化するような感じだと思っていました。
 それは、お手つきの回数の多寡による、枚数差のブレなどがそう感じさせていたようです。
 しかし、今回分析するにあたって、「お手つき」という要因を除くと、実にH君は「律儀」に自分の考えるかるたの方針を貫いているのです。
 最初、慶應かるた会で練習を始めたころ、当時の慶應の極端な指導「自陣など覚えなくていいから敵陣を攻めろ」を実践しようとしていたことが思い出されます。 それを一つのセオリーとして、「律儀」に実践しようとしていました。 しかし、試合展開で相手に差をつけられ、守らざるをえなくなったときの経験から、そして何よりももっとも練習の対戦回数の多い私のかるたスタイルから、自分には守り重視のスタイルがあっているのではないかと気づいたわけです。 このことを私に相談し、その後工夫して作り上げていったH君流の守りスタイルの独自のセオリーを今では「律儀」に実践しようとしています。
 決まり字の変化を追って、律儀にそれに対応しようとし、律儀に自陣を守り、律儀に特定の札の攻撃をする。
 私から、H君のかるたを振り返ると「お手つき」に関すること以外は、実に「律儀」なのです。 言葉を変えれば、自分の頭の中にある自分のかるたスタイルに「忠実」であろうとしているのです。

 初めて対戦する相手は、H君のかるたは、サウスポーということで違和感を持ち、そして、並べ方や送り札や守りのスタイルで、この人のかるたは「セオリーと違って変」と思うでしょうが、H君の中ではH君のセオリーであり、何も「変」ではないのです。 相手に「変」と思わせるのも、ひとつの作戦であり、時としてそれがアドバンテッジにもなるので、そのことは問題ありません。
 とはいえ、昨年末にH君がツイッターに書き込んだ「セオリー」云々の記事をみて、今回私がH君のかるたを分析して感じたことがあります。
 それは、H君は、そろそろブレイクスルーのために、何かをしなければならないということです。
 まずは、練習において、ブレイクスルーのきっかけをつくりましょう。
 私としては、今回指摘したH君の「律儀さ」から解放されること( Click!→参考記事 )が、そのきっかけになると思いました。
 慶應かるた会での練習を始めてからの約3年間の「攻めかるた」、それ以降の「守りかるた」、これを律儀にやってきたので、どちらもある程度、頭(理屈)ではなく身体知としてH君の身体に染み込んでいると思います。

 (とりあえず) もう頭の中で考えるのはやめましょう!
 「考えずに、感じましょう!」


 ブルース・リーの映画の台詞ではないですが、まさに“Don't think! Feel!”を練習で実践してみてください。これが必ずH君のブレイクスルーにつながります。
 最近、産経新聞出版から刊行された山本尚(元・日本化学会会長)さんの著作で「日本人は論理的でなくていい」という本を読みました。 日本人には日本的な感性・感覚があるので、そういうところから新たな発見が生まれるとのことです。 もっとH君自身の感性や感覚に頼って、それを競技に活かしてみてはいかがでしょうか。他人と異なる感覚は、他人と異なる感性をはぐくみます。 こうした競技においては、対戦相手と異なるということが、きっとアドバンテッジとして活かせるのだと思います。
 自分の頭で組み立てたセオリーから離れ、作戦など考えずに、読まれた札にただ反応することだけに集中する。まず、これをやってみましょう。
 次には、攻めとか守りとかの概念から離れ、自分の取りたい札を取りに行く、これは出そうだと思う札を取りに行く。これもやってみましょう。
 私との練習で、何回かこれをミックスして、試してみて、何かを感じ取ったら、感じ取ったことをふまえて、今までのパターンをやってみようとしてみてください。
 「律儀さ」を離れ「自由」な感覚を経験したとき、そこにはきっと新しいスタイルが見えてくるはずです。

 なお、この練習をしている間、一時的に私との枚数差が広がることが考えられます。 しかし、この一時的な枚差の拡大は、未来への投資なのです。気にすることはありません。 ここで掴んだ経験を生かして元のパターンに組み入れた時、今度は、今までの平均枚差よりも差が小さくなっていることと思います。 ぜひ、試してみてください。もちろん、この試みがH君の「腑に落ちたら」再び、考え出すことを否定するものではありません。

 緊急事態宣言が解除されたら、また、練習しましょう。その時は、上記の私の提案を試してみてください。
 そのときまで、お互い感染したりしないよう注意しましょう。
草 々


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