菅家

このたびはぬさも取りあへず手向山
   紅葉のにしき神のまにまに


決まり字:コノ(二字決まリ)
 菅家は、菅原道真のことである。いまでは、天神様として、各地に祭られている。 天満宮といわれる神社は、菅原道真を祭っているのだ。
 天神様は、学問の神様として有名であり、受験シーズンには賑わいをみせるが、 もうひとつの顔は「かみなり」としての天神様である。
 右大臣菅原道真は、左大臣藤原時平との政争にやぶれ、大宰府に太宰権帥として 左遷される。政争にやぶれというのは、現代的な書き方であるが、昔は、陥れられ たとか、讒言によって流されたとか言われたものである。罪がないのに恨みを呑んで 死んでいった貴人には、怨霊になる資格が生じる。実際、道真は怨霊になったと信じ られた。宮中、清涼殿の落雷は、道真の怨霊と恐れれたし、時平の係累には、若くし て死んでしまうものもあった。
 菅原道真は、怨霊として荒ぶる「かみなり」様になったわけである。
 雷が鳴ると「くわばら、くわばら」と言うのは、菅原家の荘園のあったところが 「くわばらの荘」であったことによる。ここは、菅原家の荘園のくわばらですから 落ちないでくださいということで、「くわばら、くわばら」と唱え、その場所が くわばらの荘だと天神様にアピールしているわけなのである。

 百人一首には、濃い薄いはあるとしても配流の匂いのする歌人が目立つが、その中でも 定家と直接に関係のあった後鳥羽院順徳院を除けば、大物が二人いる。それは、菅原道真 と崇徳院である。ふたりとも怨霊と化し、そして祀られた。道真は雷で天神様として天満宮 に祀られた。崇徳院は日本に災いを及ぼす大魔王となると宣言に天狗になったといわれて いる。そして、崇徳院は白峰神社に祀られている。
 このふたりの百人一首中の配置関係もおもしろい。菅家は頭から24番目、そして崇徳院 はお尻から24番目なのである。前半分と後半分のそれぞれのほぼ中心の順番に位置している のである。なんという絶妙のバランスであろうか。
 そして、菅家のこの歌のテーマの一つ、「紅葉」は、百人一首の歌の中に実にたくさん出て くる。まるで、菅家のこの歌との調和をはかっているかのように…。
 では、もう一方の崇徳院はどうであろうか。崇徳院の歌にでてくる「岩にせかるる滝川」の 歌に和している歌は、「岩」でいえば「風をいたみ」、「石」にしてしまえば「我がそでは」 くらいであるし、「川」ならばやや数があると思うがあまりこの歌とは結びつかない、どちらか といえば川は紅葉のイメージで使われていることのほうが多いような気がする。また、「滝」 でいえば「滝の音は」であるが、この滝は絶えて久しくなってしまっており、結びつきづらい。
 では、崇徳院とを結びつけるテーマは何なのであろうか?
 崇徳院が祀られているところをもう一度思い起こしてみよう。
 「白峰神社」である。
 「白い峰」である。白い山でもよいし、山が白いというイメージでもよいであろう。
 そうするとどうであろう。いくつか思いつくのではないだろうか。まずは、持統天皇の 「春過ぎて」。天の香具山が干してある衣で白いのである。山が白いのだ。そして山部赤人の 「田子の浦」。富士の山が雪で白いのである。坂上是則の「朝ぼらけ有明の月と見るまでに」。 吉野の里に雪が降っているのであるから、吉野の山なみは、雪で白くなっていることであろう。
 ただ、この3首でいえば、最初の2首こそが崇徳院の鎮めの意味を持っているように思える。 まずは、持統という皇統を保つ意味の諡号をもつ天皇の「白妙の天の香具山」の歌。崇徳の呪い で皇統を絶やされる怖れを防ぐに持ってこいの天皇ではないだろうか。そして、「富士の高嶺に 雪はふりつつ」の歌。白い山は富士である。「富士=不二=不死」なのである。二つとなく、 「不死」に通じる白い山なのである。その白い山を赤人が読む。何か意味ありげではないだろう か。

 菅原道真といえば、あとは「梅」である。しかし、百人一首の中では、梅の歌は、紀貫之の 一首だけである。梅のイメージは、道真の鎮魂のイメージとしては、百人一首の中では成立 していないような気がする。
 むしろ、百人一首の中での仕掛けとしては、太宰府と関係のある作者のほうが多いように 思う。大納言経信中納言匡房中納言行平は、道真と同じ太宰権帥であったし、行平と業平 の兄弟の父、阿保親王も太宰府に左遷されていた時期がある。
 これらの太宰府絡みの人物の歌を選んだことは偶然なのか。いや、何かしらの意図があった のだろう。用捨在心と言い放った定家のことである。百人一首の撰歌には、意味のない撰歌は ないに違いない。

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2008年3月  HITOSHI TAKANO